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……ええっと、気の所為かな?
りとくんからすっげえ視線感じるんだけど…。

実は母ちゃんらとは別に、みんなで食べる用のケーキを買っておいたから、先程食べたケーキのお皿を洗って、新しくお皿を用意しようとしていたところなのである。

るいの誕生日だから俺がちゃんとしなくちゃと、慣れない手付きでお皿を洗い始める。するとそんな俺の隣に、りとくんがやって来た。

視線を感じた次に側にやって来たから、なんだなんだと若干顔を仰け反らせる。


「…お皿洗ってんの?」

「…え、うん。」

「偉いじゃん。」

「…ど、どうも…。」


うわ、どうしよう。
なんかりとくんに褒められた。

何事だ、というようにチラ、とりとくんの表情を窺っていると目が合って、なんとなく反射的にバッと目を逸らしてしまった。

おーいお兄ちゃん、おたくの弟の様子がなんかちょっといつもと違うんですけどー?…と言いたくて、リビングを見渡してもそこにはりなちゃんにデレデレしているクソカベしか居なかった。みんなクソカベに気を使っているのだ。優しいなおい。


その後りとくんは何も喋らず、数分間俺がお皿を洗うカチャ、という食器のぶつかる音と、ジャー、と水が流れる音だけ。

りとくんはシンクにもたれ掛かり、黙って俺の手元を眺めている。

なんだか居た堪れなくなって、なにか話題を振ろうかとチラリとりとくんに視線を向けた時、りとくんの身体が動いた。

くるりと俺に身体を向けたりとくんが、一歩俺に近づく。


「えっ」


近距離で顔を覗き込まれ、

次の瞬間、唇にはキスされた感触があった。


それはほんの一瞬の出来事で、わけがわからずに固まっていると、ツン、と首筋を指で突かれる。


「キスマーク発見。」


最後はからかうようにそう言って、りとくんはクスリと笑って俺の隣から立ち去った。


「…な、なんだ今の……?」


俺は、りとくんの行動が謎すぎて、暫くジャーと水道の無駄遣いをしてしまった。


無意識に口を手で押さえぼんやりしてしまっていると、「航?」とるいが隣に立っていた。俺はハッとしながら、慌ててお皿とケーキを準備する。


冗談でるいの前でキスみたいなのされたことは何回かあったけど、さっきみたいにるいのいないところでモロにキスされたのは初めてで、俺はその後まともにりとくんの顔が見れなかった。





最後に会ったのはクリスマスの日。

メールのやり取りをした元旦の日以来、俺と航の間にはなにもない。考えればわかることだけど、俺は兄貴の繋がりでしか航に会うことはまず無い。

母さんとりなの会話から、よく兄貴と航の話を聞く。それで知った航が第二志望の大学に受かったこと。家から大学に通うには少し遠いから、とマンションの一室を借りて航のご両親と半分ずつ家賃を出し合い、二人で生活し始めたこと。

航のことは全部、母さんとりなの会話から知るしか術がない。会うのだって同様だ。


一ヶ月…、二ヶ月…、三ヶ月……


航には会うこともなく、簡単に時は過ぎてゆく。でも厄介なことに、頭の中ではいつも考えてしまう。

例えば、同じ学校だったら。

同じクラスだったら。

俺が、兄貴だったら。

そうすれば簡単に会えるのに。


でも、そんなことを考える自分が気持ち悪くて、できれば考えることをやめたい。けれど残念なことに、それができないのが、この“恋愛感情”というものなのだろう。


あぁ…参ったな。次会ったら航になんか文句言ってやる。というのは会えない時に抱く感情で。

実際に会えた時に自分が取った行動は、その姿を視界に入れ、手を伸ばし、触れる。たったそれだけのことをできる瞬間が、とても嬉しく感じた。


兄貴の誕生日を理由に訪れたけど、

ほんとはただ航に会いたかっただけだ。

だって、理由が無いと会うことが無いから。

次は、いつ会えるか分からないから。


『貰いっ放しは悪いから。』…だなんて兄貴に言ったことはただの言い訳で、俺はただ、航に会える理由が欲しかっただけだった。


「じゃあ兄貴、…“また”。」



帰る間際に兄貴に声をかければ、兄貴は少し不思議そうな顔をして頷いた。どうせ俺が兄貴に声掛けるなんて珍しいとでも思っているのだろう。


「あぁ、また来いよ。」


お人好しな兄貴を、俺は『バカだな。』って、心の中で嘲笑った。悪いが俺は、兄貴に用は少しも無いのだ。


次は、また、いつ会うか分からない。

無意識に航の頭に伸びた手で、そっと髪に触れると、航は勢い良く振り向いた。


「航バイバイ。」

「…あ、うん。…バイバイ。」


最後に航に声をかけると、航はチラリと俺を見上げた。

ジーと見てくるから、ジーと見返していると、背後から突然雄飛が俺の後頭部を勢い良く押してきた。その勢いのまま外に出ると、雄飛がコソッと耳元で話しかけてくる。


「お前、航先輩のこと好きだろ。」


見事に雄飛にバレていた。
俺は多分、態度に出やすいだろうから。


「うん。好き。」

「あーあー…なんでよりにもよって…。」

「よりにもよったから。」

「いや意味不明だから。告白は?すんの?いややめとけよ、ガチで。」

「さあ?どうしよっかな〜。」


何故か雄飛がとても真剣な顔をして言ってくるもんだから、面白くなってきてしまった。

俺の返事を聞いた雄飛は、俺に迫りながら「やめとけ!まじでやめとけ!」としつこく言ってくるから、そんなにしつこく言われると逆らいたくなってくるのが俺の性格で。


「つーか俺さっき航にキスしちゃったんですけど?」


さらりと雄飛にそんな話を持ち出せば、雄飛に無言で頭を叩かれた。


「痛っ。」

「……で?航先輩なんて?」

「さあ?」


なんでもない風に首を傾げて言えば、雄飛は「うわぁ〜お前まじないわぁ〜」と呆れたような態度で、ため息混じりに額を押さえてた。


言っとくけど、俺に罪悪感はない。

どうせ俺は可愛くない弟だから、兄貴の嫌がることは平気でできる。


そもそも今日は航に会いたくてここに来たから、それくらいさせろ、という俺のエゴ。


4. 兄貴の誕生日を理由に おわり


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