3 [ 142/172 ]

「あ、矢田先輩ちわっす。」

「へいらっしゃい!!」

「ぶはっ、たこ焼き屋店主気分すか。」


部屋に入ってきてまずるいに声をかけた雄飛は、たこ焼き器に油を塗りながら屋台のおっちゃんのような声を出するいに笑っている。

そうしている間もなっちくんの手をガッチリと握っている雄飛だが、なっちくんは耳を真っ赤にしながら雄飛の手を離そうと揺さぶっている。

なっちくんなにやってんだよ。
まずは自分から雄飛を紹介、だろ。

恥ずかしがってるだけでなにもしようとしないなっちくんの尻を背後から蹴ると、なっちくんは尻を押さえてちょっと大人しくなった。

チラリと振り返って俺を見てきたなっちくんに、俺は『行け』という意味を込めてコクリと首を縦に振る。


「あ、のさ、みんな、…いきなりでごめんなんだけど……、」


もじもじ、ごにょごにょ、雄飛の背後からひょっこり顔を出したなっちくんは、凄まじく恥ずかしそうにしながら口を開いた。

そこであかり、沙希、由香、みんなの目が、なっちくんをじっと見つめる。


「……この人…、俺の付き合ってる人……。」


なっちくんはこの一言を言うだけで、もういっぱいいっぱいのようだが、その一言だけで十分のようだ。


「え、待って、なちカレ!?このイケメソ!?ずるい!!」

「えっ!まじ!?」

「えー!びっくりしたぁ!!!」


すでに気付いていたと思うけれど、なっちくんのカミングアウトに大袈裟に驚いてみせる彼女たち。これもこいつらの優しさだろうか。


「え、なちカレでかくない!?年上!?」

「前年下って言ってなかった?」

「ああ!言ってた!え!?もしかして高校生!?」

「高二っす。」

「えー!!なっちくんずるい!!あたしも高校生の彼氏欲しい!!」


あかりたちの質問責めが行われている最中、俺はにこにこしながらたこ焼き準備を進めているるいの隣に歩み寄った。


「ふー、ひとまずミッション達成か。」

「俺は航ダーリンで雄飛のことはなちカレか。」

「ん?るいはあいつらになんて呼ばれたいんだ?」

「航ダーリンでいいよ。」

「いいんかい。実はちょっと気に入ってんだろ。」

「うん。」


喋りながらもるいはたこ焼き器にペース良く、且つ綺麗に生地を流し入れている。お前ほんと、なんでもできるな。


「まずは海老からな。」

「あ、一個だけわさび入れる。」


るいが海老を入れている横から、わさびのチューブを持って1つだけたこ焼きの中にブチュッと2センチほどのわさびを入れる。生地でわさびを隠すようにササッと箸で混ぜていると、「そういうとこ抜かりねえな。」と苦笑された。


「良い子は真似しちゃだめだぞ、矢田くんの性格クソってきてるって言われるからな。」

「……もう手遅れだわ。こういうのに影響されてるんだろうな…、俺。」


るいはしみじみとそう呟いた。



「てかなっちくん全然喋んないじゃん!なちカレいると照れちゃうの?」

「うるせえなあ!!恥ずかしかったんだよ!!」

「もー照れちゃって〜。なっちくんか〜わいい!」


あかりにからかわれ、ますます顔を赤くするなっちくんを雄飛が無言でしれっと抱き寄せている。突如なっちくんをハグした雄飛に、三人の視線が集中した。


「そういうことなんで。以後よろしくお願いします。」

「あいつちゃっかり牽制してやがる。」

「いいぞ雄飛もっとやれ。」


くるくる、ピックでたこ焼きをひっくり返しながら、雄飛にエールを送るるい。すっげー、たこ焼きもう出来てきた。俺のダーリンはさすがだなぁ。


「お前もあかりに牽制してたよな。」

「あかりちゃん馴れ馴れしいから初対面だとまずあかりちゃん敵視するんだよ。」

「おい俺の友達ディスんな、いい奴なんだぞ。」

「うわ、航があかりちゃん庇った。そういうの妬ける。あ、たこ焼きももう焼けてるわ。」


ひょい、ひょいっと焼き終わったたこ焼きを皿に入れながら少々ダジャレを挟んでくるるい可愛い。


「あーん」


一足先に味見をしようと、るいに向かって大口を開け、たこ焼きを一つ口の中に入れてもらう。


「はふはふ、」

「どう?」

「はふい、はふはふ、…ん?…ぶぉは!!」

「…え?」


ゲッ、最悪だ!これわさび入ってるやつだ…!


「わはひ!!わはひはひっへふ!!」

「なに?」

「ぶほっ!!!」


食いきれず、秒で吐き出してしまった。……クソ、なぜ数あるたこ焼きのうちこいつはわさび入りを味見させるんだバカ…。


「あ、もしかしてわさび入りだった?」

「ヒー!死ぬかと思った…!」

「バカだなー、航くん自爆してる。」


バカは俺か。ククク、と笑っているるいをジロリと睨みつけていると、「おいそこー!いちゃついてんなー!」と沙希に野次を飛ばされたが、俺らは決していちゃついてはいない。


「あ、たこ焼き第一弾できたぞー、食えー。」

「わーい!たこ焼き〜!」

「航ダーリンありがと〜!」

「おー!すごい!形めっちゃきれい!」


先にたこ焼きに飛びついてきた女子たちの背後では、いまだに雄飛の腕の中にいるなっちくん。正真正銘、いちゃついてるのはあいつらだ。


「なち耳真っ赤。恥ずかしかったんだ?」

「ちょ、やめて、耳元で喋んないで、」

「え、感じてる?」

「ちがうっ!」


あいつらなにやってんだよ。という目で眺めていたが、たこ焼きが乗った皿をわざわざ二人の元まで持っていってやったるいがペシンと雄飛の頭を叩いて止めに入った。


「たこ焼き焼けてんぞ。ったく、人前でイチャイチャしやがって。恥ずかしい。」

「あなたちょいちょい自分のこと棚にあげますね。その言葉そっくりそのままお返ししますよ。」


そう言いながら、そこで雄飛はようやくなっちくんを解放した。

雄飛に解放されたなっちくんは、何故か俺の隣にサササと移動してくる。


「あー恥ずかしかった…。」

「おつかれなっちくんおめでとう。」


なにがおめでとうかと言うと、雄飛をみんなに紹介できたことだ。そんな俺の言葉になっちくんは照れ臭そうにはにかむ。


「…うん、ありがと。良かった、結構普通に言えるもんだな。」

「仲良くなったのがあいつらで良かったな。他の奴じゃこうはいかなかったかもしんねえぞ。」

「……やっぱり?バイト先の奴とかに結構いろいろ聞かれんだけど…。」

「それは言わんでよろしい。」

「だよな。」


つーかお前、絶対最初から言う気ねえだろ。

ったくやれやれだぜ。


[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -