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「えっ…矢田先輩?」

「えっ、なんで先輩が…?」

「キャッ!矢田先輩がいるっ…!」

「……あ、教室間違えた。」


高校三年生に上がった矢田りとは、新学期早々通い慣れた二年の教室に行ってしまい、新学期早々下級生から注目を集めてしまった。

始業時間丁度に到着する予定で登校しているりとが新しい三年の教室に辿り着く頃には、すでに始業時間が過ぎている。つまり遅刻決定である。

掲示板に貼り出されているクラス替えの紙を見事にスルーし、二年生の時と同じ数字のクラスの教室に入ったりとは、その後、本日2度目の注目を集めた。


「……え、…っと、矢田くんはこのクラスじゃないよ?」


戸惑いがちに告げる、教師。


「……え?…俺のクラスどこ。」


矢田りとは、クラス替えという新学期最大のイベントなど、どうでもいいのである。


「えぇっと、矢田くんのクラスは…、」

「となりとなり!」

「矢田くんとなりのクラスだよ!」


本人よりもりとのクラスに興味があったのは、同学年の女子たちであった。となりのクラスだと教えてもらい、ふらりと教室を出て行くりとの姿に「あーあ、惜しい。となりのクラス行きたいね。」とぼやく女子。


ところ変わってとなりのクラスでは、ふらりと現れた矢田りとに、「こらー!矢田新学期早々遅刻かー?」と叱る教師に、「せんせー許してあげてくださーい!こいつクラス替えのこと毎年忘れるんでー!」と目立ちたがり屋でお調子者のりとの友人が楽しそうに発言している。

そんな友人の発言にも興味無さそうに欠伸をして、りとはひとつだけ空いている席に腰掛ける。

前後、隣、近くに座った女子たちは、ちょっと照れくさそうに、しかし嬉しそうに、頬を赤らめてもじもじしながら座っていた。それとは反対に、男子はちょっと不機嫌そうだった。

学校一のモテ男も、とうとう最上級生である。


空き時間、りとは頬杖をついてぼーっとぼんやりしていた。珍しいな、りとがスマホをいじらずにぼんやりしているなんて。

話しかけるとキレられないか、と少しビクビクしながらりとの近くへ歩み寄る。


「珍しいな、りとがゲームやってねえとか。」


控え目に話しかけた友人に、りとはチラリと視線を向けた。


「受験生だしな。」

「えっゲームやめたのか?」

「まあほどほどに。」


友人は、なんとなく思っていた。

なんか、りとの雰囲気が、変わった。





「あ!あったあった!りな二組だ!」


廊下に貼り出されているクラス替えの紙を見て、自分の名前を見つけて指差している学校一の美少女、矢田りなに、周囲にいた男子がポーッと見惚れていた。


矢田さんは二組……矢田さんは二組……
えっと俺は、あっ、やった、二組だ…!

そして密かに喜ぶ男子。とは間逆に…


ッくぅぅ!!三組かよチクショー!!!

密かに悔しがる男子もいた。


「あっりなちゃんまた同じクラスだよ!よろしくね!」

「あ、ほんとー?よろしくねー!」

「や、矢田さん…俺も俺も!よろしく!」

「あーうん!よろしくー!」

「おっ、俺また同じクラスー!やったー!矢田さんよろしくっ!」

「よろしくー!」


さっそくアピールを始める男子も、少なくはなく。しかし、面白く無さそうにそんな光景を眺める女子生徒も、少なくとも存在していた………



新しいクラス仲良くやってけそうで良かった良かったー、と、新学期が始まり、さっそく新しいクラスメイトたちと放課後遊んで帰ってくると、先に学校から帰ってきていたりとがリビングのソファーで寝っ転がっていた。


「ただいまー、お母さんはー?」


りなは部屋に鞄を置いてから、リビングにいるりとに向かって呼びかける。


「出かけてる。」


りとからの返事は期待していなかったけど、りとは珍しくまともに返事をした。


「ふぅん。なんかお菓子ないかなー。」


ガサゴソと戸棚を漁ってお菓子を探す。

あ、あったあった。

りなはこの前お母さんが買ってきてくれたポテトチップスの袋を持ってリビングの床に座り、テレビを付けた。チラリとりとに視線を向けると、りとは大人しくスマホ画面を眺めている。

テレビ画面の中のタレントが話す喋り声と、パリパリとりながポテトチップスを食べる音が響く空間で、りなは少し奇妙に感じてしまい、りとに話しかけた。なにが奇妙って、りとが静かだからだ。


「そういえばお兄ちゃんもうちょっとで誕生日だね。」

「……あぁ。」


チラ、と顔を上げ、カレンダーに視線を向ける。

珍しい。りとがまたまともに反応した。


「お兄ちゃんに誕プレあげに行きたいなー。」


と言うのを理由に、お兄ちゃんと航くんが住むマンションに遊びに行きたい。



「お兄ちゃんになにあげようかなー。」


っていうか、うん。決めた。
誕プレあげに行こう。


「大学で使ってもらえるものってなんだろ。」


りなはスマホのネット画面で検索してみた。


「あー、バッグいいなぁ。ちょっとおしゃれな感じの。ねえりとどう思う?」

「良いんじゃねえの。」


……あ、まただ。

りとからまたまともな反応が返ってきた。

だからりなは、ちょっと調子に乗ってみたのだ。


「りと、3000円ずつ割り勘しよ。そしたら6000円のが買える。あ、お母さんも入れて1万円。」

「……あぁ…。うん。」


……え?まじ?


この時、りなは思った。

もしかしたら、りとの反抗期が、

…終わったのかもしれない、…と。


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