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うわぁ…めんどくさいことになった…。
まさか絢斗が来ると思わなかった。
顔を合わすことなどないと思っていたから考えたこともなかった。考えてみたらりとって、絢斗のタイプど真ん中じゃねえか。
生意気そうなのは航先輩と良い勝負だ。
りとが頭良いことを知ってる俺からしたらバカっぽそうには見えないが、そんなタイプはさておき何より絢斗のタイプは顔の良いやつだ。つまり面食い。
りとと会話する俺をガチで嫉妬した目で睨み付けられた。やばい、完全に絢斗の一目惚れだ。悪いが協力はできねーぞ。りと怒らせたくねえし。
はぁ…。どうするかな。帰れっつってもこいつ絶対帰んねえしなぁ…。
ため息を吐きながら、俺は冷めかけのご飯を口に入れた。とりあえず飯食い終わってしまおう。
目の前のりとも絢斗に構わずハンバーグを食べている。そして、暫しの沈黙が訪れる。
「りとさんライン教えてよ。」
その沈黙を破る絢斗だが、りとは冷めた態度で絢斗をチラ見。絢斗に向かって片手を出して、一言。
「一万円。」
「は!?おいりとやめた方がいい!!」
俺はすぐさまりとの発言を止めようとしたが、時すでに遅しだ。
「まじ!?」
絢斗はパアッと表情を明るくして、ケツポケットから財布を取り出した。
一万円でお目当の子のラインが手に入るなら、こいつは躊躇いなく払う。こいつはそういうやつだ。
そして予想外な方向に話が進んでしまったのだろう、りとがキョトンとした表情を浮かべた。
にこにこ嬉しそうに財布から一万円を取り出した絢斗は、りとの手にぎゅっとそれを握らせる。どさくさにまぎれて両手でりとの手をここぞとばかりに触っている。
いまだキョトンとした表情のりとは、一万円札を握らされて固まっている。これもまた意外な反応だ。いや、まじで一万円払うと思ってなかったから驚きで固まっているのか。
「…え、…いや、いらねえよ…。」
てっきりりとも喜んでライン教えて一万円をもらうのかと思いきや、珍しく引きつった顔をして押し返している。やばい、これはちょっと見ていて面白い。
「えぇ!なんで!もらってよ!」
「いらねえって。まじで払うなよバカかお前…。」
「えぇ!じゃあライン教えてくんねーの!?」
あまりに残念そうな顔して絢斗がそう言うもんだから、りとは無言で今もなお引きつった表情を浮かべながらスマホを取り出した。
うわ、驚いた、教えてあげるんだ。
りととラインを交換できた絢斗は、満面の笑みを浮かべてりとにお礼を告げる。
「やったあ!ありがとう!えーっと、矢田 りとくんね!ラインするね!」
嬉しそうに話しかける絢斗に、りとは無言でスマホをポケットにしまった。その顔はまだ引きつっている。
絢斗つえーな。
あのりとが絢斗に押されてる。
その後もご機嫌そうにりとに話しかける絢斗だが、りとは始終無言で顔を引きつらせていた。
「あ!りとデザート食べる!?俺奢るよ!」
「…いらね。」
「オッケー!じゃあパフェ頼むから一緒に食べようよ!」
「いや、いらねーって…。」
勿論、りとの分の飯代は喜んで支払う絢斗だが、俺は当たり前のように自分で支払わされた。たまには俺のも奢ってくれ。
こうして、春川 絢斗の恋物語が始まったわけだが、彼はひとつ、肝心な事に気付いていないようだ。
一目惚れした相手の兄が、
憎き男、矢田 るいだということに。
23. りと、あいつと出会う おわり
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