1 [ 102/172 ]

『ビリッ』というリビングに響き渡った勢いの良い音の正体は、クソゴリラが6月のカレンダーをめくった音だった。

うわっ、珍しいことしてどうしたんだこいつ。

珍しさのあまりに、生まれて初めてりとが家のカレンダーをめくっている姿をりなはジッと観察する。


どこを見ているのかはわからなかったけれど、りとは無言でジッと7月のカレンダーを見つめていた。


「りと珍しいことしてどしたん?てかまだ6月20日だけど。」

「……期末テストの曜日確認。」


りとはりなの問いかけにそう答えながら、くしゃくしゃと6月のカレンダーを丸めてゴミ箱に投げ捨てた。


「…あー、期末テストね。あんた受験生だから手ぇ抜けないね。」

「うん。」


おぉ、りとがまともにりなの言葉に頷いた。またまた珍しいなぁ。と思いながら、りなは再びジッと7月カレンダーを見つめているりとを、その後も静かに観察した。

てか7月ってなんかあったっけ?


「あっちょっとりと!なにもうカレンダーめくってるのよ!あと10日も6月残ってるのに!」


その後、もう6月のカレンダーをめくったことをお母さんに知られたりとは、お母さんに怒られていた。





6月カレンダーをめくり、無言で何か考えている様子のりとは自室に戻り、引き出しの一番奥の方に入れていた、幼少期からずっと捨てずに置いてある少し色褪せたクレヨンの箱を取り出した。

しかし中身はクレヨンでは無く、数十枚の1万円札である。


そう。
このクレヨンの箱は、正真正銘の…

りとの“貯金箱”だった。


『金が無い』、『今金欠だ』なんて言いながら、時には友人にご飯を奢らせ、時には父親にお小遣いを貰いながら、この男が長年チマチマと使わずに貯めてきた全財産がここにある。

母も、父も、兄妹も知らない、りとの貯金だ。


そして、お金と一緒に箱の中に唯一入っていたのは、使用済みのプリペードカード。

りとは、航から誕生日プレゼントに、と貰ったこのカードが捨てられず、大切に残していた。


確か去年、兄貴がバイトに必死になっていた時期がある。あれは多分7月だった。雄飛曰く航の誕生日プレゼントを買うためだったとか。まあそんなことはどうでもいい。

自分の誕生日に航から誕生日プレゼントを貰ったのだから、勿論返すのが常識だ。…とそんなりとらしくないことを考えながら、りとは貯金箱の中身を見つめる。


ちなみに、航の誕生日は8月だが。


一月勘違いをしながらも、りとは航の誕生日に、何かプレゼントを返したい…と、ただただ純粋にそんなことを考えていた。



確か兄貴は、航の誕生日に時計をあげたんだっけ。

…じゃあ時計は絶対に無しだ。

3000円分のもん貰ったら、やっぱこっちも3000円程度で返すのが妥当だな。

でも一体何をあげればいいんだ?

残るものはやめたほうがいいか?
俺からもらっても困るだろう。

食べ物とかの方がいいだろうか?

そもそも、いつどこで渡せばいい?


休み時間、前の授業のノートと教科書の片付けもせずに、無意識に指でくるくるとシャーペンを回しながら、頭の中でそんなことを考えていた。


「りとー、おーい!りとってば!聞いてる?」


女友達に呼びかけられていることに気付き、ハッとしてシャーペンがカタリと机の上に落ちる。


「は?なに?」

「今日放課後どっか遊び行かない?」

「は?テスト週間ですけど。」

「えーまだ一週間以上あるじゃん!」

「は?二週間切ってるんですけど。」

「…りとが真面目ー、つまんない。」


俺の返答に対し、頬を膨らまして不満そうな顔をしてくる女友達の頬をぶすっと突っつきたくなった。こいつが男なら引っ叩いていた。


「遊びたいなら他当たれよ。」

「“他”じゃなくて“りとと”遊びたいんですー。」

「俺今回の期末ガチでいくから。しばらく誘われても無理だから。」

「あ!じゃあ一緒に勉強しよ?数学教えてよ。今回のテスト範囲ちんぷんかんぷんなんだよね〜!」

「教科書に載ってる公式丸暗記してくださーい。はい、以上。」


こいつは俺に気があるようで、最近やたらと誘いが増えた。実は一度すでに告白されているが、俺の返事は決まっている。

いつの間にか俺には他校に好きな人がいる、ということになっていて、それが周囲に知れ渡っており、やたらと好きな人とはどうなったのかということを聞かれるが、別にどうもしていない。

相変わらず俺はその人が好きだし、会いたいけど別に進展とかは無い。

会ってもさらに好きになってしまうだけだから、会わない方が良いのだろうけど、でも、会いたい。


「りとがつれない…。あ、ねぇところで好きな人とはどうなった?」

「お前またそれ聞くの?うっぜえな、別にどうもなってねえよ。」

「わーい、よかったー。りとに彼女できるとかやだもん。」


あーあ、こいつまじでうっぜえ。
男だったら二、三発ぶん殴ってた。

心配しなくても好きな人とは何があっても報われない。好きになる人を間違えすぎている。


「はぁ…。めんどくせ…。」

「え!?なにが!?めんどくさいってなに!人の顔見てため息吐かないでよぉ!!」


『好き』って気持ちが、めんどくさい。

無意識に漏れたため息に、目の前の女がギャーギャーなにか言ってるけど、お前もうそろそろあっち行け。


[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -