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3限目が終わって帰る支度をしている時、後方の扉からここに居るのはおかしい人物が現れて目を疑った。


「えっ!?…ちょっおい航、なんか後ろ、…矢田くん居んだけど…!?」

「へ?」


俺は慌てて航の服を引っ張って呼びかけると、少々眠たそうな顔をしている航が間抜けな声を出す。

観察するように腕を組んで教室を見渡している矢田くんが俺の視線に気付き、笑顔でヒラヒラと手を振った。


ちょっと!あの人なに考えてんの!?

そんな矢田くんの後ろには、やたらと挙動不審な仁くんが。

突然現れた見知らぬイケメンに、周囲からはチラチラと視線を向けられている。まあそうだろうな!!!


コツコツ…と足音を鳴らして歩いてくる矢田くんは、いつもより柔和な表情を浮かべていたから、これはなにか裏があるぞ…と思った。

矢田くんのこと、俺も結構分かってきたと思うんだよ。

そうして、航の元へやって来た矢田くんの第一声は、ものすごくシンプルだ。


「おつかれ。」

「いやお前なんで居んだよ。」


矢田くんを前にした航のツッコミはかなり的確で、航の前の席に座っていた由香たちも、「え?誰?」「航の知り合い…?」とチラリと振り返ってコソコソと話しながら様子を窺っている。


「航の大学の学食食いに行こうぜってなったんだよ。な、仁。」

「へっ!?お前さっき、…あっ!…そう!そうそう!!」


おい、今この人仁くんの足踏み付けたぞ。焦って同意した仁くん、絶対矢田くんに言わされてる…


「の前に、ちょっとアキちゃんに用事が。」


と、航から視線を逸らした矢田くんは、再びコツコツと足音を鳴らして、ここよりもう少し前方の席に昇たちと座っている晃の方へ向かっていった。

航は、ポカンと口を開けて、矢田くんのことを眺めていた。


「よおアキちゃん久しぶり。」


背後から晃に声をかけた矢田くんに、晃は驚愕の表情を浮かべている。まあそうだろうな!!!!!


「え、…矢田くんなにしてんの…?」

「…ん?むかつくやつの面拝みに?」


そう言って矢田くんは、晃の隣に座っていた昇にチラリと視線を向ける。昇は、矢田くんの登場に顔面を真っ青にしていた。


「…あれ、学食食いにって絶対嘘だろ…。」


俺はこそっと仁くんに話しかければ、仁くんは身体を小さくして隠れるようにしゃがみ込んで、うんうんと頷いている。どうやら仁くんには、他校の教室に入り込んでいるという罪の意識でもあるらしい。

そんな仁くんとは違い、堂々とした態度で昇を見下ろしている矢田くんは、徐々に昇の友人たちの視線も集め始めた。


「えっ誰!?晃くんの知り合い!?」

「超かっこいいんだけど!!」


……と、昇の近くにいる女の子にチヤホヤされはじめた矢田くんは、わざとらしくにっこりと笑った。多分、あの笑みは計算だ。

矢田くんは、ある程度自分の整った顔が使えると理解しているのだ。


勿論、そんな笑顔を向けられた女の子たちはもう矢田くんに夢中である。

彼女たちが前にしている人物は、自分たちが嘲笑っていた航の、

恋人だということも知らずに………。



「アキちゃんの友達?はじめましてー。」


そう言ってフレンドリーに会話を始めた矢田くんに、女の子たちはそれはもう嬉しそうで、目にはハートマークが浮かんでいる。

そんな彼女たちに、居心地悪そうに俯いている昇が、俺はなんとなく憐れに感じた。


「そう言えば航とは仲良くやってる?」


とここで矢田くんは、晃に問いかけるように航の名前を出して、チラリと航に視線を向ける。その瞬間、彼女たちの表情が若干引き攣ったように感じた。


「航また高校の時みたいにアキちゃんと仲良くしたいっつってたから。また仲良くしてやってよ。」

「う、うん…。」


笑みを崩さずに話している矢田くんに、晃は少しぎこちなく頷いた。

航の話を出す矢田くんに、キャッキャとはしゃいでいた女の子たちは、ちょっと大人しくなっている。

そんな中で、矢田くんのことを席に座って黙って眺めていた航が立ち上がった。

ペシンと背後から矢田くんの頭を叩いた航に、「いてっ」と頭を押さえる矢田くん。


「余計なことしなくていいからな。」


そしてちょっとむっすりしながらそう言った航は、矢田くんの手を引いて戻ってきた。


「やっぱり怒られると思った。」


航に手を引かれている矢田くんは、ここでようやく、心からの笑みを浮かべる。


「…お前は心配性すぎる。」

「あ、でもこれだけは言っときたいことがあったんだった。」


ハッとしたように航の手を振り払った矢田くんが、再び晃たちの方へ向かっていく。

そして矢田くんは、確実に昇を見て、口を開いた。


「お前、好きな人に振り向いてほしいなら歪んだ中身なんとかした方がいいぞ。」


それはもう矢田くんの目は、思いきり昇のことを見下していて、鋭い目付きで、その目に宿っているのは、昇への怒りだ。


昇は、何も言わずに俯いていた。


容姿端麗、成績優秀、高校の時からみんなに一目置かれていた矢田くんに、昇が敵うわけないのだ。

まさか矢田くんが現れるなんて昇は思いもしなかっただろう。

でも、少し考えれば予想できたかもしれない。

だって昇は、航を敵に回したんだから。


その日を境に、航が後ろ指をさされることは、見事に無くなったのだった。

なんとなく、昇の友人たちは察したのだろう。

あの人が、航の恋人だということを。


そして、由香とあかりと沙希も……、


「で?ついでに航の仲良くなった子たちの面も拝んで帰るわ。どいつ?」


敵意を剥き出しにしている矢田くんの頭を、航は再びペシンと引っ叩いた。


「るい!俺は怒っているぞ!!いきなり現れやがって!!」

「ごめんってば。反省してる。でも黙ってらんなくて。」

「今晩はカツカレーだ!!!!!」

「うん、とびっきり美味しいの作るよ。」


目の前で繰り広げられている航と矢田くんとの会話に由香たちは、口をポカンと開けて眺めていた。


「あ、ちなみにこいつ、俺のダーリン。」

「「「クッソイケメン!!!!!」」」


3. 黙ってはいられない男 おわり


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