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俺、宮内(みやうち) 晃平には現在バイト先に気になっている人が居る。

その人の名は奥寺 秋穂(あきほ)。

俺の二つ歳上の先輩だが、先輩とは感じさせない気さくな性格の奥寺さんに、俺はバイトを始めて初日で彼女に惹かれてしまったのである。


俺より少し遅れてバイトで入って来た同い年の友岡 航。ぶっちゃけこいつには入って来てほしくなかった。

だって俺が新人で入ってきた時と周囲の反応が全然違うのだ。そう。奥寺さんの反応さえも。


「新しく入ってきたバイトの友岡くんって子、イケメンらしいよ〜!」

「えーうそー!早く見た〜い!」


チッ、だからイケメンが居なさそうなバイト先を選んだのに最悪だ。

お世辞にもイケメンとは言ってもらえる自信が無い俺は、至って普通のどこにでもいる大学生の自覚がある。だからイケメンが居ない環境で、女性に囲まれながら楽しくバイトをしたかった。


それなのに俺より少し遅れてバイトでやって来た友岡 航は、女性従業員が騒ぐのも納得できるイケメン大学生だった。


俺は悔しい気持ちを胸に秘めながら、友岡 航にほんの少しだけバイトの先輩ぶって話しかける。だって俺のがちょっとだけバイト経験日数が多いのは事実。


「うーっす、俺宮内晃平。大学一年。タメ語でいいっすよー。」


大学一年というところに反応したのか、友岡 航は初対面で「おーまじで?同い年?よろしくー俺友岡 航ー。航でいっすよー。」とニッと笑いながら他の従業員とは違って砕けた態度で俺に接し始めた。

俺はこの時すでに感じてしまった。

ああ…負けた。こいつスクールカーストすげえ上位だ。俺みたいなやつは大人しくこいつと仲良くしておこう。…ってな。


高校ではどちらかというと地味なグループにいた俺は、大学デビューをしようと高校卒業と同時に染めた茶色の髪は正直あまり自分に馴染んでいない。

ワックスで髪を盛ったりしようと思うものの、上手く盛れなくて空回りだ。せめて明るくなった髪色に合うように性格も明るくしようと努力してみたり。

それなのにこいつ、航ときたら、洒落っ気が全然ないのにかっこいいじゃねえか。

ワックスを使ってる様子もない自然体な髪型に、好青年っぽさを感じさせる黒髪。

さらには退勤後に見た航の私服の洒落っぷりに、完全なる敗北感を味わった。


さて、そんな友岡 航がバイト先に入ってくる少し前から王子王子と騒がれていたイケメン客がいるのだが。

確かにあれは王子さながらな美形男子で、周囲が騒ぐのも無理はない。

そんな王子と、新人バイトの友岡 航が友人関係にあった!という事実を知ったときには、俺はもう悔しいとか思わなかった。

さすがはスクールカースト上位様だな。と、俺は航と王子をまるで眩しいものでも見るように目を細めて眺めたものだ。


こんなスクールカースト上位様とお知り合いになれたのはもう、俺の人生の好転機と言うべきか。


俺は、ある日の大学の授業が終わったあとのバイトの無い昼過ぎに、航と王子と待ち合わせして、王子に服を選んでもらえる約束を取り付けることに成功した。

奥寺さんとのデートのために、少しでもかっこよく、洒落た格好をするために…。


そして、奥寺さんとのデートで俺は、できれば奥寺さんに告白したいと思っている。できれば、な。





3人で駅で待ち合わせをして、向かう先は電車で二駅ほど。

アパレルショップが建ち並ぶ街へ出てきた俺たちの方へ、確実に女性からの視線が突き刺さっている。

勘違いするな俺、見られているのはこの二人だ。

一歩離れた距離から航と王子を見ると、明らかに俺一人だけダサい。浮いてる気がする。悔しい。俺もかっこよくなってやる。


「王子今日はよろしくおねしゃっす!!!」


今日俺も、王子や航のような洒落た服を買って、今どきの男を目指すのだ。


王子に頭を下げると、王子は「とりあえず王子って言うのやめて。」と言ってきた。

いや無理です。だって王子は王子だ。


「晃平予算いくらなんだ?るい遠慮せずこいつの服装のダメ出ししてやれよ。」


航が俺にそう言ってきたことで、王子は俺の爪先から頭のてっぺんまでジロジロと観察してくる。


「んー…。服装とか好みだからなぁ。とりあえずスマホカバーがゴム製なのが俺的に無理かな。」

「は?そこ?どうでも良くね?それこそ好みじゃん。」

「だってゴム製ゴミつきやすいじゃん。」


王子はまさかの俺の手に持つスマホのカバーをダメ出ししてきた。


「そういや俺が使ってたスマホカバーも前にケチつけてきたよなお前。」

「だってあれゴミついてて汚かったぞ。」

「ゴミついてねえし。汚くねえよ。」


…いやいや、服買いに来たんだよな?と思いながらも、王子の足は視界に入ったスマホカバーが売っている店に向かっていた。

航が「なんなのお前のこだわり。たまにイラっとくる。」と王子に向かって毒を吐いている。


「あ、これイイ。おしゃれー。」


そう言いながら王子が手に取ったのは、革製のフタが付いたスマホカバーだった。


「…なるほど。これが、おしゃれなのか。」

「いやあいつ単にゴム製のスマホカバーが個人的に受け付けないだけだから。そういうのは無視していいぞ。」


航は陳列棚に並んでいるスマホカバーを見ている王子を置いてとっとと歩き始めてしまった。

いやいや王子を置いてはいけねえだろ。と戸惑っていると、すぐに歩き始めた航に気付いて駆け足で追いかけてくる王子。


そして、王子は航に追いつくと、航の腰に手を伸ばした。

そっと腰に添えられた王子の手を、航は瞬時にはたき落とす。

王子は顔色を変えず、無言で航の隣に並んだ。


…王子、航にデレデレだな…。

やべー、バイト先の人らに喋りてえー。

奥寺さんに喋りてーっ。

言わねえけど。

言ったら多分、航に殺される。


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