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「航って彼女いるのかな?」
「気になるよねー。今度聞いてみよー。」
「あ、そういえば昨日席隣で仲良くなった子に航紹介してって言われたんだけど。」
「えー!航さっそく目つけられてんの!?紹介しなくて良くない?」
「うん、いいと思う!!」
航の中学の同級生、宮原 由香を含む女たちが、航を取り囲みやたらと持て囃されている環境を見るたび、俺は不満を抱いてしょうがなかった。
高校に入学してから間もなく、周囲に人を寄せ付けた航。自分もその一人だ。こいつの近くに居ると、まず人間関係に困ることはない。こいつの繋がりを利用することで、自分も苦労することなく友達を作ることができた。
大学に来ても、航が人を寄せ付けることに変わりはなかった。入学してまだ一週間も経っていないのに、あいつの周囲はもう友人関係が出来上がり始めている。
そんな環境を羨むように、また人が寄ってくる。
恵まれたあいつに、やっぱり俺は、嫉妬心を抱き始めてしまった。高校の時を最後に、そんな感情は捨てようと思っていたのに。
俺の好きな人を、あいつが持っていくから悪いんだ。
そんなに恵まれた環境なんだから、晃一人くらい俺に独占させてよ。っていうのが、率直な思いで。なのに晃は、いつも航の方ばかり行ってしまう。
もう恋愛感情は無いとか言ってるけど、それ本当か?
俺は、どうにもそのことが、信じられなかった。
「あーあー。あかりに紹介してって言ってんのに絶対あの子する気ないよー。友岡くん?って人、あたしまじタイプなんだけどなー。」
「あかりって子も狙ってるから紹介したくないんじゃない?」
講義が始まる前、そんな会話をしているのは、俺の座る席の前の席に座っている女二人だった。
タイプ?あいつのどこが?顔?
狙ってるって?あいつのことを?
何も知らない可哀想な子。
あいつ男と付き合ってるよ?
紹介してもらって、あいつと仲良くなったら、どうしたいの?付き合いたい、とか思ってんじゃねえの?
俺は、何も知らない女達が可哀想な目に会う前に、親切で言ってやったのだ。
「友岡航だったらやめたほうがいいよ、あいつ男と付き合ってるから。」
「…えっ?」
突然口を挟んだ俺に、女二人はキョトンとした表情を浮かべて振り向いた。
「えっ、それほんと?」
「マジマジ。大マジ。」
頷けば、興味津々な目を向けてくる。
「あいつと同じ高校だったけど、あいつずっと同級生の男といちゃついてたよ。まじキモいし目障り。周りみんな引いてたからな。」
「えーうそー、そうなんだ…。」
「…なんかショックだねー…。」
気付けば、自分の口からはベラベラと航の悪口が出まくっていた。
「つーか高校ん時なんかすっげーバカで不真面目だったくせに、大学来てなんか気取ってるって感じするし。大学デビュー…みてーな?」
「へー…そうなんだ…。」
止められなかった。こうやってしか俺は、抱いている不満を発散することができなかったのだ。
この会話がきっかけで、俺はこの女二人と仲良くなった。
男と付き合っている、と分かると、彼女たちはすぐに航の見る目を変えた。単純だな、って笑えて仕方なかった。
この時から、俺には俺の、交友関係が出来上がり始めた。
航たちとは完全に連まなくなった。晃は、そんな俺を気にしてくれているようで、俺と一緒に居てくれた。
このまま晃と航が、疎遠になればいい。
*
大学で知り合って仲良くなった女の子、一人は航と中学が同じだった子、由香、そして、その子の友達のあかりと沙希(さき)が、俺と航が教室に現れるまで顔を寄せ合ってなにやらひそひそと話していた。
「おはよー。なに話してんの?」
俺が声をかけた瞬間びくりと肩を震わせ、振り返ったあかりが「お、おはよー!」と取り繕った笑みを浮かべて挨拶をしてくる。由香と沙希は、「あ、…おはよー…」となんだか少しぎこちない様子。
一体なんなんだ?このよそよそしさは。と思いながら、なんとなく航に視線を向けると、航は「ん?」と首をかしげながらも特に気にした様子は見せず、彼女たちの後ろの空席に腰掛けた。
「そういや昨日雄飛に会ったんだろ?」
鞄の中から筆記用具を取り出しながら、航はそんな話題を振ってくる。俺は慌てて「シーッ!シーッ!」と人差し指を口に当てた。
「会ったよ。丸一日お部屋デート。」
にやにや、と堪えられないニヤけを隠さず、俺は航に小声で話す。自然に航の方へ肩を寄せて話していると、前の三人が俺たちの様子を窺うようにチラ、と振り返ってきた。
「ん?どした?」
「あっ…!なんでもない!」
航が問いかけると、サッと前を向く三人。
なんだなんだ?
なんか絶対様子おかしいんだけど。
「なんか変じゃね?」
由香たちの背を指差しながら航に問いかける。
「あー…便所行き損ねた系とか?」
「あっまじかそういう系かぁー…。」
ちょっと女の子たちにとってはデリケートな問題かもしれない、と、俺は彼女たちのおかしな態度を気にしない事にした。
「俺ら便所行きたかったら気にせず行くもんなー。」
「いやいや、なっちくんの場合気にせずっつーか一人で行けって感じなんだけど。」
「あ、そうそう便所で思い出したけど、モリゾー講義中に屁こいで隣に座ってた女子におもっくそ睨まれてたっつって日下部がわざわざラインしてきたよ。」
「その報告要らねー。クソカベ構ってちゃんに磨きがかかってきやがったな。」
「それ思った。ラインめっちゃ来るんだけど。航の方には来てない?」
「俺クソカベからのライン通知切ってるから。」
そう言いながらスマホを取り出した航の手に持つスマホ画面を覗き込めば、ラインのアイコンの右上には100を超える数字が書かれていた。
「うわ!航放置しすぎだろ!!」
「これ全部おまえらのグループトークとクソカベからのメッセージの合算数な。」
「どおりで四人のグループトークなのに既読2しかつかないわけだ!!」
「基本的に見なくても差し障りないけど、見たら害だらけだから見ない。」
そんな冷めたことを言いながら航がスマホを机の上に置いたところで、講義が始まった。大学の授業はまだよくわかんないし、暇だし、喋りたい。
喋りたいなーと思いながらチラリと航に視線を向けても、航はちゃんと前を見て話を聞いているようだった。
矢田くんと付き合ってからどんどん賢く、そして大人っぽくなっていく航に、置いていかれたくないから俺も口を閉じて前を向いた。
なんとなく、隣に座った航の雰囲気が、矢田くんみたいだと思った。似るんだよなぁ…恋人同士って。
…俺が雄飛に似たらどうなる?
ピアスつけてー、髪染めてー、ヤンキー化?
えっ、俺ダメじゃん。
でも髪は染めてみたいかなー。
ピアスは痛そうだからやだ。
雄飛に髪染めてもらおうかなー。
暇な、とても暇な講義中に、俺はそんなことばかり考えていた。
2限が終わり、さて昼休みだというところで、「ねえ航!」とあかりが勢い良く振り返ってきた。
「ん?なんだ?」
鞄の中に筆記用具を片付けていた航が首を傾げ、あかりに問いかけると、あかりは「あー…えっと、…ご飯行こう!」と呼びかける。
「あ、うん。そのつもりだけど。」
キョトンとした顔をする航に、そんなやり取りを側で見ていた由香と沙希が苦笑していた。
俺はやっぱり先程感じたように、彼女たちの態度がどこかおかしいと思ったのだった。
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