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「兄ちゃんうぜえからどっか出掛けて来いよ。」
「今日は予定ナッシング。」
「じゃあ部屋に篭ってろよ、うぜえから。」
「お前兄ちゃんのことうぜえうぜえ言いすぎだろ!久しぶりに帰ってきたと思えば相変わらず可愛くねえな!」
「兄ちゃんは相変わらずうざくてびっくりしたわ。あ、母ちゃん俺昼はカレーが食べたいなー!」
「せやろ思てな、母ちゃん昨日カレー作ってん!冷蔵庫に冷やしてあるからチンしたらすぐ食べれんで!」
「母ちゃんさすが!すぐ食べる!」
「るいきゅんもカレー食べる?あとなんか食べたいものある?夜は何食べたい!?」
「俺肉じゃが食べたーい。」
「あんたには聞いてへん!!」
「……。」
俺に問いかけてきた航のお母さんに、航のお兄さんが返事をすると、航のお母さんは物凄い勢いで言い返した。
シュンと落ち込んだ表情を浮かべている航のお兄さんは、少々拗ねた時の航に似ている。
航の家にお邪魔してからというもの、大変賑やかで俺はさっきから笑いが込み上げてきて仕方がない。
というのも、航と航のお母さんは大変仲が良くとても微笑ましいのだが、そこにお兄さんが加わると、二人のお兄さんの扱いはとてもぞんざいで、なんだか可哀想になってくるのだが、それでも構って欲しそうに口を挟むお兄さんが見ていてとても面白いのだ。
「いいっすね、肉じゃが。俺も肉じゃが食べたいです。」
「えー肉じゃがでいいのー?るいきゅん海渡に気ぃ使わなくていいのよー?」
「そうだぞ!イケメンに気ぃ使われてたまるかっ!俺は今一気に麻婆豆腐が食べたくなったわ!母ちゃん今晩は麻婆豆腐だ!」
「あんたほんまうっとしいな!もう向こうの部屋行っとけや!!」
航のお母さんはそう言って、航のお兄さんの頭をペシンと叩いた。しかしそう言われたものの、まだそこに居座る航のお兄さんは、テーブルに顎を置いてスマホをいじっている。
「いや笑いすぎ笑いすぎ。」
そこで、ずっと航のお兄さんを見ていた俺に、航がそうツッコミを入れてきた。
慌てて口を押さえて、航へ視線を向ける。
「似てるな。」
「俺あんなんじゃねえから。」
「あんなんってなんだ!あんなんって!」
「海渡!!あんたほんまうるさいなあ!!ええ加減にしーや!?」
航のお母さんは航に向かって叫ぶお兄さんに怒鳴りつけ、もう一発頭を叩いた。
しかしやはりそこまでの扱いを受けても動こうとしない航のお兄さんは、なかなかしぶとい性格らしい。
「お兄さんの名前『かいと』って言うんだな。どういう漢字?」
「海を渡る。」
「あ、やっぱり。」
気になって航に問いかけると、俺の予想していた返事が返ってきた。
「くっそくだらねー名前の由来聞く?」
「え、なに?聞きたい。」
航は俺の返事を聞いて、ある一点を指差した。航の指差したのは本棚で、一作の漫画がズラリと並んでいる。
「俺の父ちゃんも母ちゃんもあの漫画の大ファンでな?」
航はソファから立ち上がり、漫画を一冊手にする。それはあまり漫画を読むことのない俺でも知っている有名な漫画で、アニメ化もしている主人公が海賊船の船長をしている話だ。
「父ちゃんと母ちゃんの二人の夢はこの漫画の影響で、二人で『航海したいね』っていう。はい、もう分かるだろ?」
「ロマンチックだな。」
「ついでに言えば、父ちゃんは海辺で母ちゃんにプロポーズをしたらしい。プロポーズの場所は海って決めていたらしい。どんだけ海好きなんだよってな。」
「やだー!航なにるいきゅんにそんな恥ずかしい話してるのー?やめてよ恥ずかしー!あ、カレーあっためたよ。こっちおいで。海渡!あんた向こう行け!」
テーブルの椅子に腰掛けていた航のお兄さんに、再びシッシ、と追い払う航のお母さん。
「ちょっとちょっとちょっとー!あっち行けこっち行けって俺は一体どこに居たらいいのー?」
「自分の部屋あるやろ。」
「うう。母ちゃん冷たいー…。」
「うう。兄ちゃんうざいー…ちょっとまじであっち行っててくんねえ?俺母ちゃんに真面目に話したいこといっぱいあるから兄ちゃん居られると迷惑なんだけど。」
「…うう。久々に会った弟も冷たい。」
航のお兄さんは、航の言葉に渋々椅子から立ち上がり、部屋を出て行った。
……なんか可哀想だな。いいのか?
「あ、言いすぎた?」
「いや全然?積もる話あるのにいちいち茶々入れられたらたまらんわ。」
……なるほど。茶々を入れたがるんだな、航のお兄さん。確かに真面目な話をする時に居られちゃ困るかもしんねえな……。
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