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「…はぁ。」
「うわ、ひょっとしてまだ悩んでんの?」
休み時間、自分の席で大人しく頬杖をついて教科書を捲っていたるいが、悩まし気にため息を吐いたのである。
るいはチラリと俺に目を向けるだけで、何も言わずにまた教科書に目線を戻した。無視かい。
「まあ友岡くんもずっと俺のことで悩んどけって言ってたけど。」
「…は、お前航になんか言ったの?」
「あ、いや言ってない言ってない。」
というのは嘘で、言いましたね。友岡くんとは最近結構なんでも話す間柄になっちゃったからさ。
でも友岡くんるいのこと嫌うことなんかまず無いって言ってたし、まじで無駄な悩みだよなーって思うけど。
不安そうにしていた方が、るいはちょっと可愛げがあるのかもしれない。
「るいきゅ〜ん」
とそんなことを思っていると、友岡くんがるいの名を呼びながら現れた。
「航、どうしたの?」
嬉しそうに、そして凄まじく優しい態度で接するるい。友岡くんに甘いなあ。
友岡くんはるいの問いかけには答えず、まじまじとるいの様子を窺っている。……あ、ひょっとして俺から聞いたるいが悩んでるって話、実はちょっと気にしてる?
「いやあ、俺もまだまだだったかって思ってな?」
「ん?なにが?」
「んーん、なんでもねえ。」
「えー、なに?気になる。」
「あ、今日放課後すぐ帰れんの?」
「……ちょっと残る。」
「ふうん、分かった。」
友岡くんはそれだけ言って、とっとと教室を出て行ってしまった。不安そうに、そしてるいは、物凄く物欲しげな目をして友岡くんの背中が見えなくなるまで見つめていた。
「…はぁ。」
「あ、やっぱりそうくると思った。」
友岡くん、キスのひとつでもして帰ってあげてよ。
*
「じゃあ矢田会長、お先に失礼しますねー」
「おー。」
「るいまだやることあんの?」
「あーうん。これやったら終わり。」
「ふーん、じゃあ俺も先帰ってるなー。」
「おー。」
バタン、と扉が閉まり、静かになった生徒会室。その途端、「はあ。」とため息が漏れる。
あー…。特になんかあったわけでもないのに、すげえ憂鬱な気分になってくる。それは、一度不安に思ってしまったことが、ズルズルと俺の中で引きずってるからだ。
もし航が俺に愛想尽きたら、って。俺のこと嫌いになったらどうしよう、ってどんどん不安になってくるのだ。
だって俺は、自分でも分かってるほど嫉妬深いし、航の身体を求めすぎている自覚があるから。
いい加減、ウザがられて、嫌われそうだって思って、我慢しようと思うものの、衝動的にやってしまう行動はどうにもならない。
今だって、航に触れたくて仕方なくなってるし、きっと今目の前に航が現れたら、俺はその唇にキスをして、ギュッと強く抱き締めて、離したくなくなるだろう。
航はこんな俺をどう思うだろうか。航も俺と同じくらいに俺のこと思っててほしいけど。それはただのわがままだろう。
そうやって、相手に要求してしまって、すれ違いになっていく人々はたくさんいるだろう。だから俺はそうならないために、我慢しようって思うけど、そしたら不安が付きまとう。
うまくいかねえなぁ、と思った。
航との関係は良好のはずなのに、一人勝手に不安になって、良好なのに一人暗くなっている。
「…はぁ。」
頭を抱えて、机に顔を突っ伏した。
何やってんだろう、俺。…と暗い視界の中、『キィ』と微かに扉が開く音がした気がするが、そんな音に気を向けていられる精神でない俺は、また「はぁ…。」と息を吐く。
しかしそれは突然だった。
「わっ!!!!!」
「うわっびっくりした!!!」
耳元で大きな声がして、驚きながら顔を上げると、そこには航が俺を見下ろすように立っていた。
「なんだ、航かよー、いつの間に部屋に入ってきたの?」
「るいが頭抱えてるあいだに。なんかすげえ深刻そうだけど、一体どんなお悩みなのやら。」
「……べつに、なんでもないよ。」
「そのわりに暗い顔してんぞ。」
そう言って俺の顔を覗き込む航との距離は、30センチも無い。あ、お前その距離はまずいって。
手を伸ばしたらすぐに触れて、顔を動かせばすぐキスができる。そんなことを考えては、手を伸ばしそうになっている時、先に手を伸ばしてきたのは航だった。
首に手を回され、顔を引き寄せられる。
食らいつくようなキスをされ、口内には航の舌が入ってきた。
俺の舌を絡め取られて、俺も航の首に腕を回し、もっとその距離を縮めたくて、深く航の唇に食らいつく。
お互い荒い息を吐く中、ゆっくりと唇を離すと、色っぽい目つきをした航と視線が交わる。
少し呼吸を落ち着かせたあと、先に口を開いたのは航だった。
「なんでもできる頭良し顔良し運動神経良しの矢田氏の弱点は俺を好きすぎることだな。」
「…え?」
「いやあたまんねえよなぁ。どうすんの?もし俺が人質に取られたとして、友岡航を返して欲しけりゃキスしろ、とか言われたらるい絶対キスするだろ?絶対ダメだぞ?まあ例え話だけど。」
「…キスしただけで返してくれんのなら、俺はキスするよ?」
「いやダメだ。るいは俺としかキスしちゃダメ。俺は独占欲が激しいんだ。」
「…俺の方が激しいよ。」
「いいや、俺の方が激しい。るいに嫌われたら俺人生お先真っ暗。」
「…それ俺だよ。」
「ふふっ、じゃあ俺ら全然心配要らねえな。」
航は笑みを浮かべながら、うーんと大きく伸びをした。
「まだ帰れねえの?」
「もうこれやったら帰れる。」
「ふうん。じゃあ早く帰ろうぜ。…そんで、
……帰ったらえっちしたい。」
耳元でコソコソ話をするように言われ、俺は驚いて航の顔をまじまじと窺ってしまう。だって、まさか航の方から誘ってくれるとは思いもしなかったから。
「…どうしたんだよいきなり。」
「るいとチューしたらムラムラしてきた。」
「…まじ?俺も。」
「うん、だと思った。」
航はそう言って、ニヤリと笑った。
最近、俺の思考が航にはお見通しな気がする。
「るいはいつでも俺にムラムラしてるからなー。俺ってばそんなに魅力的かなー。」
「んーん、全然。俺が偶然にも航の魅力にハマってしまっただけだから。」
「そこは素直に魅力的って言えよ。」
航の魅力は俺だけが知っていれば、それでいい。
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