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そのまた数日後、やはり矢田の様子が気になり、俺は生徒会室に訪れたのだが、その日の矢田はそりゃもう凄まじくイラついており、タン!タン!タン!と力一杯キーボードを叩いていた。


何事だ。

候補者がとうとう何かやらかしたのだろうか、と俺は仁に矢田の苛立ちの理由を問いかける。

が、仁は苦笑を浮かべるわけでもなく、困った表情をするわけでもなく、「ああ、」とあっけらかんとした表情で矢田を見た。


しかも仁の表情はちょっと笑い気味。

おいおい、一体どういうことか。


不思議に思っていると、今日もコーヒーを淹れてくれた仁にソファへ促され、コーヒーを一口飲みながら矢田に視線を向ける。

何度見ても凄まじいイラつき様だった。


「すげえイラついてんじゃねえか。」

「問題無いですよ、今日のるいの苛立ちの原因は友岡くんなんで。」

「…はあ?」


なにが問題無いだって?

あれだけイラついてる矢田を前に、よくまあそんなこと言えるなあ。と仁を冷めた目で見ると、仁は「いやいや、マジで。」と真面目な顔つきで口を開いた。


「友岡くん今日Sクラスの窓ガラス割ったんですよねぇ〜。」


そう言って仁は、「あっはっは!」と笑った。いや笑い事かよ。全然笑えねえんだけど。つーか航のやつなにやってんだよ相変わらずかよ。


やけに楽しそうに話す仁は、眉を顰める俺に対し、今日あったことを事細かく語ってくれた。





その日もるいは、朝から不真面目気取ってる生徒を目撃してしまい、イライラしていた。


「やっべー俺また教科書忘れたかもー!」と大声で発する友岡くん2号候補者。チラリとるいのことを見ているのがバレバレで、俺は思わず吹き出しそうになった。

るいの眉間に深い皺を刻んだその表情を見ると、もっと吹き出しそうになった。笑っちゃ悪いけど、笑っちゃうでしょ。

るいのことは気の毒に思うが、るいに構ってほしくて必死な候補者たちがあまりにも滑稽で、俺は笑いを堪えるのに必死なのだ。


そして、るいが明らかに苛立ちを抑えながら過ごしていると分かる、休み時間。

事が起こったのはその時だった。

廊下がやけに騒がしい。

また、候補者がるいに構ってほしくてバカ騒ぎでもしてんのかな。と思ったが、それとは少し質が違った。


「…違う、これまじなバカ騒ぎだぞ。」


ぼそりと呟いたるいは、席から立ち上がった。

そして教室から廊下へ顔を出するい。

今だ!とチャンスを逃さない候補者。

しかしるいの視界には候補者など映るわけもなく。るいの目線の先に居たのは、友岡くんだった。


2年Eクラスの教室前で固まる数名の生徒。その中心に居たのが友岡くんだ。

るいはジッとその姿を眺めている。


「早くやれよ。時間なくなんぞ。」

「うるせえちょっと待て!あっスマホ持ってて!あっ、ちょ、タンマ。シャツ入れる。」


なんだ?何が始まるんだ?

Eクラスの連中は友岡くんに口々に話しかけており、友岡くんはポケットに入れていたスマホを側にいた奴に渡して、それから外に出ていたシャツをズボンの中にインした。


「お前らまじでSクラスまでいったら俺に飯奢れよ!」

「行ったらな。言っとくけどDで止まったら航が俺らに飯奢りだから。」

「Dは無いな。俺の前転の才能なめんな!超高速スピンでるいきゅんの元へ行ってやんよお!」

「バーカ、矢田くんがこれ見たらお前死ぬんじゃね?」


そう言ってケラケラ笑っているEクラスの連中。…あの。…るい、あなたたちのこと見てますよ。

それに俺の聞き間違いじゃなければ友岡くん、前転って言わなかったか?

…いや、まさかな。と思っていると、友岡くんは両手を廊下の床について、前転の構えをとったから、俺の目はギョッと開いた。


「あーそこの人ちょっと危ないよー。ごめんねーちょっとだけだからー。

よし。行くか。友岡 航、発・進!!」


そんな掛け声と共に、なんと友岡くんはこちらに向かってゴロゴロと前転をし始めた。

廊下に居た生徒たちはギョッとした目で彼を見る。D、C、B…と友岡くんはだんだん俺たちの教室に向かってくる。

そして、るいは動き出した。

友岡くんが到達するであろう場所に、るいは立った。

『ゲッ』とした表情を浮かべるEクラスの連中。

数秒後、「んぎゃっ!!!!!」とした声と共に、友岡くんはるいに衝突していた。

ああ、終わったな。と誰もが思っただろう。勿論、終わったのは友岡くんのことである。


一部始終を見ていた者は、ゴクリと唾を飲み込んだ。何故なら、るいの怒号が響き渡るだろうと予想したからだ。


しかしるいは廊下にしゃがみ込み、にっこりと笑ってゴロンと床に身体を預けて状況が分かっておらずキョトンとしている友岡くんの顔を覗き込んだ。


一言も言葉を発していないるいだが、友岡くんはサッと顔を青くした。


急いで立ち上がろうとした友岡くんだが、目が回っているらしく、よろめいて窓ガラスに衝突し、その結果窓ガラスは御陀仏だ。


「んあっ目ぇ回る、すげえ回る。」


よろよろしている友岡くんの身体に、るいは背後から手を伸ばした。そして、


「バカかおめーは!!!おまえこれどうする気だ!?窓ガラスの修理代と業者呼ぶのとああこれクッソ手間かかんなあ!?めんどくせえだろうなあ!?誰がやるんだろうなあ!?どっかのバカがでんぐり返りなんてバカみたいなことさえしなけりゃ無かったはずの手間だなこの大バカ航さんよお!!!!!」

「アアアアアッ痛いッ…!ぞじで苦じい!吐ぐ…!吐ぎぞう…!おえっ!」

「あっバカ汚ねっ!!!よだれ垂らしてんじゃねえ!!!」

「じゃあ離じでぐだざい…!」


るいは友岡くんの身体をギュウギュウと締め付けた。そう、これは、人々がやってほしいと友岡くんのことを羨む、あのるいの締め付け技である。


因みに友岡くんの顔は真っ青だが、彼らはほんとうにアレをやって欲しいんだろうか。


「きみ、ほんとにアレやられたいの?」


俺はタイミング良く見つけた友岡くん2号候補に問いかけると、彼はブルブルと首を左右に振った。


「え、そうなんだ。てっきり日頃からるいに構われたそうにしてるから、アレをやられたいんだと思った。

まあアレをやられたいなら友岡くんくらいバカにならないと無理だろうけどね。」


俺の言葉に候補者は、一歩、二歩、と背後へ下がり、そのままその場を立ち去った。


俺は、ひょっとすると大バカ野郎友岡くんのこの行動で、2号候補者は全滅するんじゃないかな、って思った。


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