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それは、棒倒しが始まる数分前のことだった。

1年生の戦い中、2年は準備をしたり作戦会議をしたりするが、俺たち2年Sクラスは俺とるいを中心に、軽い作戦会議を行っていた。

俺が攻め、るいが守り側という作戦はもうすでに決まっていたことだが、るいは突然あることを言い出した。


「Eクラスと当たったら、俺は攻め側につくからな。」


『Eクラス』そう言われてみな思うことは、友岡くんが関連しているということだ。


「いいけど。どうせ友岡くんだろ?」


基本的にるいの言うことに首を振る人はいない。るいがもし全試合攻め側へいくと言うのなら、クラスメイトたちはなんの不満もなく『どうぞどうぞ』と言うだろう。

るいは友岡くんが関わると毎回熱いな。とSクラスの人間は思っていた。


時は数ヶ月前の球技大会時に遡る。

球技大会の時にるいがたった1度だけ見せた本気は、友岡くんのクラスとの試合だった。あの時はまだ2人はそう親しくない仲だったけど。それでも見せたるいの本気を、クラスメイトは皆覚えている。

あの時も、確かるいは自ら試合に出ると言い出した。

そして今回も。
るいは友岡くんが関わると、熱くなるのだ。


「うん。俺は航相手なら自分の手で勝ちに行きたい。」


そう口にするるいの視線は、友岡くんに向けられていた。





試合開始のピストルの音が鳴り響く。

一斉に駆け出す攻め側の俺たち。

そして、正面から走ってくるるい。

俺はるいに向かって『いーッ』と歯を見せながら睨みつけた。るいはそんな俺を、ニッと口角を上げて楽しそうに見てくる。

その余裕そうな表情にちょっとムカっとする。絶対に負けたくない。そう思っていると、るいは俺とすれ違い様に確かにこう言った声が聞こえてきた。


「まずは一勝。」


それはほんの一瞬の出来事で、その後るいを気にしている暇はなく、俺は棒に向って手を伸ばす。今回防御に回っていたのは仁だが、構わん!俺は踏みつける!

…と棒にしがみついてよじ登ろうとしていた時、ホイッスル音が鳴り響いたから、俺は耳を疑った。

ポカンと口を開けてEクラス側へ視線を向けると、旗を持ったるいが少し傾いた棒の先から、ひょいと飛んで地面に着地していた。


何がどうなったか分からなかったが、ひとつだけ分かったことは、Eクラスが負けたということだった。



「ううっ…。」


不完全燃焼にもほどがある。

俺は勝つ気でいたのに、まだ少しも傾いていないSクラスの棒。なのに、もう試合が終わってしまっただなんて。

だからるいと戦うのは嫌なんだ。

悔しくて悔しくて、俺はむっすりしながら棒にぎゅっとしがみついて、るいのことを睨みつけた。

ゆっくりとるいが、こっちに歩んで来る。

Sクラスの奴らが早く降りろ、という目で俺を見てくるが、俺は構わず棒にしがみついたまま、むっとしてるいを睨みつける。


「うわー悔しそう。」


とうとう俺の元までやって来たるいが、にっこりと笑いながら俺に向かって手を伸ばした。棒から俺を引き離すように、俺の腰に腕を回してくる。

俺が棒を離した隙に、Sクラスの奴らが棒を寝かして退散していった。

るいに後ろから抱っこされた俺は、るいと肌が触れ合い、恥ずかしくなって地面に足をつけてジタバタと暴れた。


「あああもおおむかつくっ!!お前スーパーサイヤ人かよっ!!」

「なんだそれ。」

「なんで俺ん時ばっか!!」

「航だからだろ。」


るいはそう言いながら俺の手を引いて、棒倒しの戦場から退散していった生徒に続いて歩き始めた。


「次は騎馬戦だな。水分取ったらもう行くか。」


そうだ、全然頭に無かったが、3年の棒倒しが終わったらすぐに騎馬戦が始まる。そして俺はまた、この男と戦わなければならんのか。


「ああもう!るい やだ!!!」

「逆逆。」

「今のは冗談じゃねえ!ほんとにやだ!!!矢田やだ!!!だーっ!!!」

「ふふっ。なにおまえかわいい。」


………だーっ!!!くそっ!!!

俺は真っ赤な顔をしてるいに手を引かれて歩いた。



騎馬戦の待機場所へるいと向かうと、既に待機場所に来ていたクラスメイトに「お熱いねぇ。」とにやにやした顔を向けられて、からかわれてしまった。

うるせえ。今俺はそんなノリに付き合っていられるテンションではない。


「矢田くん棒倒しマジ凄かったっす!」


そしてEクラスの騎馬戦出場メンバーは、るいに興奮したように話しかけている。そこで俺はそう言えば、とふと思う。

俺は自分のことで精一杯だったから、Eクラスの旗がどのように奪われたかを知らないのだ。


「やたらと旗奪われんの早く感じたけど、お前らるいにビビってたんじゃねえの?」


防御側に回っていたクラスメイトに聞くと、クラスメイトはふるふると全力で首を振った。


「ないないない!俺らすげえガッチリ棒固めてたよ!」

「うんマジマジ!でもこの人俺らのこと容赦無く踏み台にしてするする登ってったから!!」

「そうそう!チンパンジーかと思ったわ!」


興奮しながら俺にそう語ってくれるクラスメイトに、るいは始終苦笑していた。

なるほど。敵は俺よりも上手く人を踏み台にしていたわけか。そして俺が猿ならこいつはチンパンジーだったらしい。クソッ!!


「騎馬戦では絶対に勝、…………るいとは勝負しねえ!!!!!」

「俺は航と勝負したい。」

「やだ!!お前らるいがこっち来たら全力で逃げろよ!?」

「航?やる前から逃げたらそれはもう負けたってことになるけど。」

「るいきゅん残念っ!あなた逃げるが勝ちという言葉知らねえのぉ?」


俺はこれでもかと言うほど憎たらしい表情でるいの肩に手を置いた。

しかしるいはそんな俺の手を取って、グッと俺の身体を引き寄せる。砂や汗で汚れた肌が密着する。ちょっとこのお兄さんには恥という言葉が頭に無いのだろうか。


「うわっ生々しい。」


おい今のツッコミ入れたの誰だ。


「負けた方が勝った方のお願い聞くんだからな?」


るいは俺の耳元で囁いた。

俺は身体がゾワッとする。


「ちなみに俺はもう1勝してること忘れんなよ?」


るいはそう言って俺の身体をそっと離し、俺が反論する前に、Sクラスの面々が固まっているところに行ってしまった。


「…お熱いねぇ。」


クラスメイトはやっぱりそんな俺とるいを、にやにやした目で見ていたのだった。


そうこうしている間にも、グラウンドでは3年の棒倒しが着々と進んでいる。やけに観客がうるせえな、と棒倒しの戦いに目を向けると、前会長が豪快に棒を引き倒していた。


「なにあの人かっこよすぎ。」


クラスメイトがポツリと呟く。悔しいが同意だ。
るいがスピーディーなら前会長はパワフルって感じ。

俺が猿で、るいがチンパンジーで、前会長はゴリラだ。うむ。いい例えをしたなと俺は自画自賛した。


「航ハチマキギュッとキツく巻いとけよ!」


棒倒しが終了し、1年の騎馬戦が始まろうとしている頃、クラスメイトにそう声をかけられ俺はハッとする。


「おおそうだそうだ、それ大切だな。」


もしもチンパンジーに狙われた時、するりと奪われてしまわないために。

俺は昔から騎馬戦には自信があったが、先ほどの棒倒しで一気に俺は自信を失ったのだ。いくら騎馬戦に自信があっても、きっとあのチンパンジーには敵わない。

俺は、澄ました表情で腕を組んでグラウンドを眺めているイケパンジーを、ジッと睨みつけた。


「絶対逃げ切ってやる…。」


俺は、変な方向で、やる気に満ち溢れていた。


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