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【 file6:墓穴掘ったアキちゃん 】
『カシャ』
僕は教室の隅にぴったりくっついて座る航と仁くんの写真を携帯におさめた。…ふふふ、よく撮れてる。とても仲が良さそうだこと。
「あっれぇ矢田くんそんなぼんやりとお勉強してていいのぉ?」
僕はまた仁くんが航の元へ訪れている時を狙って、2年Sクラスの教室へやってきた。
そう、矢田くんにいじわるするためだ。
大嫌いな矢田くん。
なに不自由無くきっと日々を幸せに過ごしている矢田くんは、ちょっと痛い目でも見たらどうだ、と僕は思う。僕が痛い目見たようにね。
僕が矢田くんに話しかけると、矢田くんはとても嫌そうに僕のことを見てきた。きっと矢田くんは僕のことが嫌いなのだろう。お互い様だから別にいいよ、嫌われてても。
「…なに?」
矢田くんの前に立つと、矢田くんは睨み付けるように僕を見た。
「困るなぁ、航ってば結構モテるから。」
「…は?」
「誰かさんだけが敵だと思ってたけど、そうでも無さそうだね。」
困ったように話す僕に、矢田くんは無言で、変わらず僕をキツイ目で睨み付ける。
「仲良さそうに喋っちゃって。妬けちゃうなあ。」
僕はそう言いながら、仁くんと航がくっついて喋っている姿を携帯で撮った写真を眺めた。
矢田くんの表情はどんどん険しくなっていく。ふふふ、ちょっとは苦しめばいいのだ。
「まあ僕は僕でがんばるけど。」
そう言って、僕は矢田くんの前から立ち去った。最後まで矢田くんは、僕のことを不愉快そうに見ていた。
今頃矢田くん、うんと悩んでるんじゃないかな?と思ったら、僕はとても気分が良かった。
ねちっこいことするなぁって?
そうでもしないと晴らせない思いもあるのだ。
*
「ふっふふ〜ん、航ー!次化学室だよー移動しよー。」
「ぐへっおいおいキミ、暑苦しいぞ。」
僕は教室を移動する際、航にくっついて歩いた。腰に両手を回して、ギュッと後ろから抱きしめるように。
「晃、矢田くんに見られると殺られんぞー。」
僕らの後ろを歩くクラスメイトが僕と航の姿を見て、笑い混じりにそんな言葉を飛ばしてくる。
「えぇ、なんで?僕の方が前から航のこと好きなんだから、こんなの普通だよ?」
僕はさも当然だ、というようにそう口にする。
後から出てきた矢田くんには、文句なんか言わせない。だって僕らは、ずっとこんな感じなんだから。
そして、Sクラスの教室を通過するとき、航は矢田くんの姿を探しているのかSクラスの教室の中をチラリと覗き込んだ。
矢田くんの姿を見つけた航が、「るーいー」と名を呼んで手を振る。むかつく。
矢田くんが航の方へ視線を向けた時、僕は航の首に両腕を回して飛び付いた。
「うわっ!おい!アキちゃんキミってやつは!危ねえなあ!!」
「早く行こー。」
「行ってるがな!!」
僕はそれからグイグイ航の身体を押しながら、化学室へと到着した。
こうして僕は、隙あらば航にベタベタくっつくことが多くなった。それは主に、矢田くんに見せつけるようにするためがほとんど。特に移動教室の時にSクラス前を通るときなんかは毎回。
矢田くんの僕を見る不愉快度はますます増しているように思う。おもしろい。もっと不愉快な気分になればいい。
…と、僕の悪人度が増してきた頃、矢田くんは休み時間、ふらりと航の元へ現れた。
僕が席に座っている航にちょっかいをかけようと手を伸ばした時だ。
僕の手からまるで航を守るかのように、矢田くんは航の身体を抱きしめた。
「グハッ!!!」
あまりに強く締め付けられたのか、航は苦しそうな声を出す。
「…アキちゃんさあ、最近俺に喧嘩売ってるよな?」
ムギュッと航を頭ごと抱きしめている矢田くんは、僕を無表情で見つめながら問いかけた。
「喧嘩?なにそれ売ってないよ?」
「あ、そ?ならいいけど。」
うわっむかつく!
この余裕しゃくしゃくそうな顔!
「ていうかアキちゃんって呼ぶのやめてくれる!?」
「は?なんで?」
僕はハッとして口調を荒げながら矢田くんに言う。だって『アキちゃん』は航だけが僕のことをそう呼ぶ呼び名だから。
それをこの男に呼ばれるだなんて!
僕が黙っていられるはずがない。
「なんでだって!?なんでもだよ!僕のことそう呼ぶの航だけなんだから!!」
「へえ。」
矢田くんはどうでも良さそうに返事する。
うっわむかつく!なにこのイケメン!
…おっと敵をイケメンと思っちゃった。
ダメダメ、今のは僕のミス。
「苦しい!!おいるい!苦しい!!」
ずっと頭ごと抱きしめられていた航が、耐え切れなかったのかぶはっと勢いよく矢田くんの腕の中から顔を上げた。
「あ、わりぃ。」
「なんのはなししてんの?」
「アキちゃんって呼ぶなって言われた。」
「あそうなんだ?どんまい。」
「別に全然へーき。チビでいい?」
「アキちゃんがそれで良いって言うならいんじゃね?」
航と矢田くんは、そんな僕の呼び方の話をしている。矢田くんはいつまでも航の身体を抱きしめていて、いい加減離せ!って思うんだけど。いやその前にチビはダメだ!
「生徒会長さんが生徒のことチビ呼ばわりはないでしょ!」
僕が矢田くんにそう言うが、なんと矢田くん、僕の声聞こえてるはずなのに僕の方は見ず、反応もせず、航のことを見つめている。こ、こんにゃろめ…!
「つーかなんの用だった?」
「ちょっと最近誰かさんが俺に見せつけるように航とくっついてるから。」
「ん?誰かさん?」
「仕返ししようと思って。」
「るいって仕返し好きだよな。」
「好きというかそのまんまは腹立つ。」
「負けず嫌いだね。」
「うん。」
航と矢田くんは近距離で見つめ合って話している。ダメ、ああダメ…僕にとってはもうそれだけで仕返しされているようだ。
しかし矢田くんの仕返しはどうやらこれからはじまるらしい。一体どんな仕返しが待っているのか。僕の顔は引きつる。
「ところで誰かさんって誰?」
「航にベタベタくっついてる人のこと。」
「それるいじゃね?」
航は矢田くんを指差す。
「そういえば航、最近誰と仲良くしてるの?なんかそこの人が俺にわざわざ言いに来たけど。」
「ん?最近仲良く?それるいじゃね?」
航はまた、矢田くんを指差した。
そこで矢田くんは、にっこりと笑う。
航の耳に口を寄せ、囁くように言ったのだ。
「…またえっちする?」
「……んなっ!!」
航の顔面は真っ赤に染まった。
「るっ、るいさては俺を殺す気だな!?」
「んーん。全然。航が俺以外にベタベタ触らすんだったら、俺はそれ以上にベタベタ触るよ?って思っただけ。」
「俺るい以外にベタベタ触られてる覚えねえけど!?」
「……あれ?」
そこで矢田くんは、首を傾げて僕に視線を向けてきた。
「あの子は?」
そして矢田くんはニンマリと僕を見て笑う。
「アキちゃん!?アキちゃんはいいだろ!?」
「別にいいよ?あー今夜が楽しみだな。」
「はっ!?」
「俺だって航にベタベタ触りたいんだよ?」
「今触ってんじゃねえか!!」
航は顔面を真っ赤にして、矢田くんに向かって叫ぶ。
僕はそんな二人の会話を聞いて、も、もうやめて…とフラリと二人から背を向けた。
「うわあぁぁぁんやっぱり矢田くん嫌いだぁぁああ!!!!!」
そして僕は、涙混じりになりながら、トイレに駆け込んだのだった。
「…え、アキちゃん?……おい、るいアキちゃんに嫌われたぞ。」
「元からだろ。」
「あ……そっか。」
「お前らいつまでいちゃついてんだ!」
ずっと航を抱きしめているるいを見て、ようやくというかなんというか…ツッコミを入れたのは日下部だった。
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