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「良い子ねえ、航くん。」
食後、食器を片付けようとした航を制した母さんは、リビングで再びりなと会話をしながら寛いでいる様子の航を眺めながら口を開いた。
「あー…。」
良い子か?それはちょっとどうなんだろうか。
学校での航を知らないから、母さんはそんなことを言えるんだろう、と暫し返答に困っていると、母さんは俺を見ながらクスリと笑った。そして、俺の耳に口を寄せてきた。
「……なに?」
「るい航くんのこと好きでしょ。」
「……はっ!?」
突然母さんに言われたことに、俺は唖然とし、驚きを隠しきれなかった。……俺の態度は、そんなに分かりやすいものだっただろうか。
「……なんで?」
少し曖昧な返事を返せば母さんは言った。
「るい航くんのこと見過ぎよ?」
「……そうか?」
「お母さんねぇ、小さい頃から一番お母さんに甘えてこないるいのことはりなとりとよりも一番よく見てるつもりだから間違いないわ。」
「……いや、別に見なくていいから…。」
「ほらそういうこと言うでしょ?残念だったわね、お母さんにはバレバレよ。」
「………。」
「あれ?もしかしてお母さんに気付かれちゃって凹んでる?」
「……別に。」
「それより気を付けなさいよ、りな。あの子好きなものるいと似てるところあるし、それに昔からお兄ちゃんのことは真似したがるから。」
母さんは楽しそうに話しながら、りなの方へ視線を向けたから、俺もつられるようにりなに視線を向けたが、そこには航の顎を掴んで航をからかっているりなが居た。
「あっ、ほらあの子ったらもうあんなことして。航くんのこと気に入っちゃってるわね。」
「……はあ。」
「お母さんとしては航くんなら大事な一人娘を安心して任せられるかなーとか妄想しちゃったけど、るいのいろんな表情見せてくれる航くんをりなに取られちゃっても可哀想かなーとも思ったりしちゃって。」
「……航の評価高すぎだろ。あいつただのバカだぞ。…つかなんでそんな話になってんの…。」
俺はいつの間にか思わぬ方向へと進んでいる母さんとの会話に、なんだか身体が脱力した。
「あれ?そのただのおバカさんを好きになったのはどこの誰だっけ?」
「……おちょくってんだろ。」
「ふふふっ、るいのそんな照れた顔見たのお母さんはじめてだわ。嬉しいな〜。」
そう言って笑い声を漏らした母さんに、俺は思わず目を逸らし、座っていた椅子から立ち上がった。
これ以上ここに居ても話が変な方向に進みそうだ。それに、いくらなんでも親しくなりすぎなりなと航を、俺はいい加減見ていられなくなって、航に声をかけた。
「航、部屋行こうぜ。」
「あ、うん。」
「あっりなも行く!」
「お前自分の部屋行けよ。」
「……お兄ちゃんがりなに冷たい。せっかくお兄ちゃん帰ってきてるんだからもうちょっといいじゃん…。」
「……あーごめんごめん!」
完全にやつあたりだな。
俺の態度に落ち込むりなに謝る、そんな光景を不思議そうに眺めていた航は、その後3人で俺の部屋に行った俺とりなと航だが、航は「便所に行く」と行って暫く部屋に戻ってこなかった。
*
「あれ?航くんどうしたの?」
「あーいやあ、りなちゃん久しぶりにお兄ちゃんと二人で喋りたいかと思ってちょっと出てきました。」
「あらーありがとね、気を遣ってくれて。あの子昔からお兄ちゃんのあとくっついてばっかりだから。」
「優しいっすもんね、るい。りなちゃんが懐くのも分かりますよ。」
るいの部屋を出てリビングにいたるいママとそんな会話をしていたところで、「ゼリー食おー。」とヤンキーが姿を現した。
丁度タイミング良く現れたるい弟に、「あっちのお兄ちゃんは優しくないからりなと喧嘩ばっかりだけどね。」とるいママは笑いながらそう言うと、「あ?」とガラの悪い態度を見せるるい弟。まじヤンキー。
ヤンキーはゼリーを冷蔵庫から取り出して、テーブルの椅子に座り、スマホをいじりながらスプーンでゼリーをすくって食べ始めた。俺はそんなヤンキーの背後に静かに回り込み、スマホ画面を覗き込む。
てっきり彼女とメールか?と思って茶化してやろうと思って覗き込んだのに、ヤンキーは俺が日々コツコツ励んでいるスマホゲームと同じゲームをやっていた。
「うっそ、ヤンキーもゲームやるんだ!」
「はっ!?お前覗き込んでんじゃねーよ!」
「えっちょっと待って、しかもランク高すぎ、ヤンキーぱねえなおい!」
「お前なに人のことヤンキーヤンキー言ってんの?ヤンキーじゃねえよ!」
「ヤンキーはみんなそう言うんだよ。金髪ピアスの高校生をヤンキーと呼ばず何と呼ぶ!」
「うるせえなお前兄貴の部屋行ってろよ!」
ほう、こいつはなかなかにおもしれー。
声るいにすげえ似てる。そんで、眉間に皺が寄った不機嫌面はるいにちょっと似てるかも。でもヤンキー。すげえヤンキー。
るいが金髪にしたらこうなるのかな。
想像してみたら面白い。
でもヤンキーでもイケメンはイケメン。
この家族すげえわ。
「俺のはこれ。最近超激レア当たんねえからちょっとモチベダウン中。」
「ハッ、ランクざっこ。」
「いやいや、俺普通だって。寧ろヤンキーがガチ勢ってマジこわ。」
「ヤンキー言うなや!!」
「あごめんね、りとボーイ。」
「きめえ呼び方すんな!!」
ぷふふ、兄弟似たような声で似たようなこと言ってておもしろ。
「なに笑ってんだよてめえ!」
ガラ悪いなーもう。お兄ちゃんを見習え、お兄ちゃんを。…って、あ!お兄ちゃんもそういや優等生の殻を被ったヤンキーだった。あ、性格の話な。
*
「航くん遅くない?」
「あー…。腹でも壊したんじゃね?」
「あっ、さっちゃんからメール!お兄ちゃんいつまで家に居るの?だって!あっそうだ!ねえ明日さっちゃん家に呼んでいい?」
「は?良いんじゃねえの、なんで俺に聞くんだよ。」
「だってさっちゃんお兄ちゃんに会いたがってるから。会わせてあげたいなーと思って。」
「…へえ。言っとくけど会っても挨拶くらいしかしねーぞ俺。」
「うん、十分十分!」
俺のベッドに寝転がりながら、俺の返事を聞いたりなは、さっそく友達にメールの返事を返しているようだった。
家に帰っているからと言って特にやる事がない俺は、テレビをつけて特に面白いとは思わないテレビ番組を眺める。
まじで航遅いな。便所どんだけ長いんだよ。と思い始めたところで、なにやらリビングからりとの大声が聞こえてきた。
「えっなに、りと誰かと喧嘩してんの?」
りなもりとの声が聞こえ、メール画面から一旦目を離し、顔を上げる。
テレビを消して耳を澄ませてみると、リビングからは航の声も聞こえたから、俺は思わずため息が漏れた。
あいつは誰にでも容赦なく絡んでいくな。しかもキツイ性格で取っ付きにくいりと相手でもか。
…さっきのりとがりなのコーラを飲もうとしていた時も思ったけど、りと相手に平気で絡んでいくやつってあんまり居ねえんだけどな。
だってりとは我が弟ながら、口悪いし性格悪いし怖がられることが多いから。
しかも今となっては金髪ピアス。
これはもうどうしようもねえだろ、怖がられて当然だ。
……それでもりとに絡んでいく航は、ただの怖いもの知らずか。
「戻ってこねーと思ったら、なにやってんだお前は。」
りなと共にリビングへ、りとと航の様子を伺いに行けば、りとの正面のテーブルに座ってりとのスマホ画面を覗き込んでいる航がいた。
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