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「ふんふふふふふ〜ん、んふふふ〜。」
休み時間になるたびに3年Sクラスの教室内には、有坂の鼻歌を歌う声が聞こえてきた。
「…有坂機嫌良いな。つか鼻歌うるせー。」
ヒソヒソと有坂には聞かれないように、秀が有坂の鼻歌に対する文句を口にする。面と向かっては言えないヘタレな秀だが、あいつは相手にするだけ時間の無駄なのでこれで良しとしよう。
「昨日新見にビンタしたーってバッシングされまくってるけど、当の本人全然気にもしてないな。」
1年からその噂はどんどん広まっていき、『あの新見くんの綺麗なお顔にビンタするなんて許せない!』などと口々に言われている。
「自分が言われてるって気付いてないだけじゃねえのか…?」
「いや、あいつ周りのこと興味ないんだろ、頭ん中隆のことでいっぱいだろうし。」
「…すげぇ。」
いやいや、感心したように頷くなよ。
まあここまで諦めも悪く熱烈に迫れるのは確かにすごいけど、あいつの場合は人に迷惑かけてるんだから感心している場合ではない。
そしてまじまじと有坂を眺めている秀が、今度は面白いものを見るように声を上げた。
「うわっ、あいつなんか始めたぞ!」
鼻歌交じりにポケットの中から手鏡を取り出し、自分の顔を眺めながらどこからともなく持ち出してきたビューラーで睫毛を上げている。
続いてどこからともなく持ち出してきたリップクリームを唇に塗り、満足気な表情で鏡をしまった。
「…すげぇ。女子かよ。」
「まるで恋する乙女だな。…なんなんだろう、あの気合。隆と会う約束でもしてるのか?」
気になった俺と秀がその後の有坂の動向を伺っていると、昼休み開始のチャイムと共にスキップでもしそうな勢いで有坂は教室を出て行った。
「はっえー。あいつあんなに急いでどこ行った?」
俺たちも気付かれないように慌ててその後を追うと、着いた場所は教室から遠く離れた自習室だ。
こっそり窓の隙間から室内の様子を伺うと、そこには笑顔の隆が有坂を部屋の中へ招いている姿があった。
「「…は?」」
さすがにその異様な光景に、俺たちは呆気に取られてしまう。
「…隆のやつ何やってんだ…?」
「…さぁ。」
隆がなにを考えているのかわからないけど、こんなところで二人で会ってるとかさすがに怪しすぎる。
このこと新見は知ってるのか?
…と疑問に思った丁度その時、隣の部屋の扉がゆっくり音も無く開き、その中から忍び足の新見が現れて、思わず驚きで声が出そうになり慌てて口を手で押さえた。秀も俺と同じような反応をしていて少し笑いそうになる。
新見も俺たちの姿に気付き、目をパチリと開けて静かに驚きの表情を見せていた。
自習室の中を覗いていた俺と秀の側まで床に手をついてハイハイで忍び寄ってきた新見が、俺たちと同じように部屋の中を覗く。
「あれ、なに?まさかの浮気現場?」
んなわけねえよな、と分かっていながらも新見に小声で問いかけると、新見はふるふると首を振る。
まあそうだよな。
だが、その次の瞬間に部屋の中から聞こえてきた隆の発言に、俺と秀はギョッと目を見開き、顔を見合わせた。
「有坂先輩、俺とセックスしたいんすよね?
いいっすよ、セックス。しましょうか。」
いやいや!隆何言ってんだよ!?
『どういうことだ!?』と訴えるような視線を新見に向けると、新見は困ったように苦笑するだけ。
「えぇ隆くんどういう風の吹き回し?」
「いやぁ、有坂先輩がなかなか俺のこと諦めてくれないから1回ヤったら満足かなって。」
「1回ヤったらもっとやりたくなっちゃうと思うけど、そしたらどうしてくれるの?」
「んーじゃあそれはまたその時考えるとして。」
は!?おい!いいのか隆!!
いい加減なこと言って、いいのかよ隆!!?
相手はあの有坂だぞ!?
あまりに隆が無茶苦茶なことをしていて見ていられずそわそわする俺と秀に比べて、新見はやけに冷静にこの状況を眺めていた。
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