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バスから降りた瞬間、なんだか異様な空気が漂っていた。
ポカンと一部分、円を描くように点々と生徒が立っている。その中央には、有坂が居た。
「…ん?なにかあった?」
近くに居た生徒に問いかけると、生徒は狼狽えながら教えてくれた。
「…あ…、副会長…。それが、いきなり新見くんがあの人にビンタされまして…。」
「は?…ビンタ?」
新見と隆の姿は見当たらないけど。
周囲を見渡しながら有坂の元へ歩み寄ると、有坂は無表情でその場に立ち尽くしている。
「なにやってんの、お前。新見にビンタしたって聞いたけど。俺の後輩に手出すのやめてくれる?」
「うるさいな。邪魔なハエ叩いて何が悪いの。」
ハエって…。こいつ、よくもまああんなに綺麗な容姿をした新見をハエ扱いできるな。
「悪いに決まってんだろ、お前のやったことはただの暴力だぞ。隆今頃はらわた煮えくり返ってるだろうな。」
「隆くんも悪いんだよ。僕らを騙すようなことして。」
「あぁ、恋人のふりしてたってやつ?でもそれって少なくとも有坂にも原因があったと思うけど?」
「はぁ?原因?部外者が偉そうになに?お前は大人しく松村でも口説いてれば?」
………うわ、まじかこいつ。
俺の気持ちに気付いてやがる。
不意をつかれるように言われた言葉に、俺はなにも言えずに黙り込んでしまった。
そうして有坂は、何事も無かったように無表情で俺に背を向ける。
…全然自分が悪いと思ってないな。
男除けが目的で隆が新見と恋人のふりしてたって有坂は知らないのだろうか?
つまり男除けの“男”ってのは、有坂も含まれるわけだけど。
…あいつのことだから、自分はあてはまらないとでも思ってそうだ。
*
学校から寮に帰ってきて、その後成り行きで俺はりゅうの部屋にお邪魔することになった。
りゅうが俺の部屋に来たことは何度もあるけど、俺がりゅうの部屋に上がらせてもらうのは何気に初めてだ。
「散らかってて悪いけど適当に座って。」
りゅうはそう言いながら、持っていた荷物を置いて冷蔵庫の中を漁り始めた。
初めてのりゅうの部屋に、なんとなくぐるりと周囲を見回してしまう。
「まじで散らかってるな…。」
服が脱ぎ捨てられていたり、教科書や雑誌が床に散乱している。…いや待て、これは雑誌じゃなくてエロ本だ。
「りゅうちゃんエロ本しまっとこうよ。」
何気なく手に取ったエロ本をパラパラと捲ってしまい、ちょっと後悔した。中身はかなり刺激的な内容だ。
「あっ!見んな!!!ほら、保冷剤あったからほっぺた冷やせ!!」
バッと勢い良く奪い取られたエロ本はりゅうの手により部屋の隅に放り投げられ、それと同時に頬に保冷剤を当てられた。
見んなよ、と言うわりにはエロ本何冊か普通に落ちてるんですけど。…と言いたい俺の気持ちを悟ったようで、りゅうは頬を少し赤くしながら部屋に落ちていたエロ本を拾い始めた。
「もう捨てるから!!!」
そしてりゅうはそう言って、エロ本を纏めて部屋の隅に追いやっている。
「…え、別に捨てなくてもいいかと…。」
「いや必要ねえし!!!」
「…あ、…そう。」
りゅうがそう言うなら、俺は止めねえよ…。
エロ本の所為でなんだか少しぎこちない空気が流れてしまったが、有坂先輩にビンタされた頬は保冷剤のおかげでだいぶ痛みが和らいだ。
「りゅうありがとう、もう大丈夫だから。」
そう言って保冷剤をりゅうに返すと、俺の頬を観察するようにまじまじと見つめながら、りゅうは保冷剤を受け取った。
「…ほんとに大丈夫か?」
「うん、大丈夫大丈夫。」
「明日俺、有坂と話ししてくるから。」
「…え、一人で?」
「おう。バシッとケリつけてくる。」
りゅうは妙に自信満々に言ってるけど、ほんとに一人で大丈夫なのだろうか。かと言って俺が一緒に行ってもあの人を刺激してしまいそうな気はするけど。
【 明日、昼休みに一人で自習室に来い 】
まるで果たし状のようなメール文を作成しているりゅうのスマホを覗き込む。
宛先は有坂先輩だ。
「連絡先とかは普通に交換してるんだな。」
素朴な感想が口から溢れると、「アドレス変えても変えても知られてんだよ。」と怒り口調なりゅうから返事が返ってきた。
「ストーカーかっつーの。」
そんな言葉と同時に躊躇いなくりゅうがメールを送信すると、恐ろしいことに1分も経たないうちに有坂先輩からメールが返ってきて、俺とりゅうは「ヒッッ!」と互いに声が出て、シンクロした声にちょっと笑った。
【 隆くんからメール珍しいね!嬉しいな(*≧∀≦*)オッケー!昼休みね!隆くんも一人で来てね?絶対だよ(^з^)-☆ 】
「…すんげーテンション。嬉しそうだな…。」
「メール珍しいねというかこいつに送ったことねえし。」
そのメールに返信はせず、りゅうはスマホをポイッとベッドに向かって放り投げる。
「なんかこれかなり期待されてない?大丈夫か?」
「全然平気。グンと上げて突き落としてやる。」
一体何を考えているのか。
りゅうはそう言って、薄ら笑いを浮かべていた。
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