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『恋人のふりは昨日でバレちゃったから仕方ないけど!俺もりゅうのこと好きだから!今日からはマジな恋人としてよろしく!』


茶番はそろそろ終わりにしてほしいなぁ。


朝からこまめに彼らの様子を報告してくれる1年の親衛隊のおかげで、僕が隆くん情報に遅れを取る事はない。

新見の今朝の発言も一言一句漏らさずに報告をしてくれる子が居るから、僕はこうして今、怒り、苛立ちや嫉妬で気が狂いそうになっているところだ。


隆くん…嘘だよね?君は確かに女が好きだったはずだ。僕はいつだったか、君がグラビアアイドルの写真をスマホの待ち受けにしてたこと知ってるんだよ?

でも松村にその待ち受けをバカにされて待ち受けを変えてしまったことまで僕は知ってる。君はちょっと不貞腐れてたよね。

僕はそんな、不貞腐れてる君の姿も愛おしいと思って見てたんだ。


女が好きだって分かってたから、僕は君に抱かれたい、愛されたいと夢を見つつも、最近は見守ることに徹していた。


君はどんなふうにキスするの?どんなふうに人を愛して、セックスするの?

知りたくて、想像して、妄想までして、僕はそれだけで満足だと自分に言い聞かせてたけど、そんなので満足できるわけないよね。


新見に向けるその目を僕に、新見に触れるその唇を僕に、それが今の僕の願いだ。


新見とは恋人のふりしてただけだよね?

新見のこと本気で好きとか嘘だよね?

隆くんお願い、これ以上嘘をつくのはやめて?


僕は今この状況を、自分が悲劇のヒロインのような位置付けで考えていた。


勿論、悪者は新見 倖多だ。

僕から隆くんを奪おうとする悪の根源。

僕は絶対に許さない。


本日の午後、隆くんは宿泊学習から帰ってくる。

やっとだ。隆くんに会えない時間はとても長く感じた。


朝、ご飯を食べてからいつもの時間に登校し、授業を受ける。昼、ご飯を食べてまた授業。


そして放課後、僕は学園敷地内に1学年が乗っている旅行バスが入ってくる光景を窓から見つけた。僕は駆け足で旅行バスの方へ向かった。


辺りを見渡し、隆くんの姿を探す。


隆くんがバスから降りてきた瞬間を僕はすぐに見つけた。愛の力だと思った。


僕は駆け足で隆くんの方へ向かった。


しかしそのすぐ後、新見 倖多が降りてきた。

隆くんのすぐ後ろから、降りてきた。

二人は同じバスに乗ってたんだ。

仲良さげに会話をしながら、隆くんの隣を歩いている。邪魔だ。消えろ。どっか行け。


僕は頭に血が上ったようにカッとなって、気付いたら新見の元へ歩み寄っており、新見の頬を力一杯にビンタしていた。


バシン!と勢い良くビンタをしたから、新見は後方へ吹っ飛んだ。


尻餅をついて、頬を押さえながら、驚きで目を見開いた新見の目が僕を見る。


「は!?有坂!?

お前倖多になにやってんだよ!!!」


すぐさま僕は、隆くんにグイッと力強く胸倉を掴まれた。けれど僕は、隆くんの頬にそっと手を添えて、キスするように唇を近付ける。


「あれは偽物の恋人なんでしょ?

邪魔だから排除してあげたんだよ。」


僕はそう言って、隆くんを見つめ微笑んだ。


「ねえ隆くん?

今度は僕と、簡単なお仕事しよーよ?」


君はこの言葉で新見との関係を始めたんでしょ?

今度は僕から、始めさせてほしいな。

君の求めるものならなんでもあげる。

僕は君の望み通りのことをしてあげる。

男除けが欲しいんだよね?

そんなの僕でいいじゃない。


君はただ僕と、一緒に居てくれるだけでいいんだ。


ね?簡単なお仕事でしょ?





あまりに突然のことすぎて、呆然とした。


叩かれた頬がジンジンと痛むが、そんな物理的な痛みよりも、自分に向けられた憎悪や嫌悪、精神的にくるものの方が結構きつい。


宿泊学習3日目はクラス対抗でドッジボールやバレーボールをして、ほぼ遊びだけの数時間を過ごし、学校に帰ってきた。


俺とりゅうは周囲から明らさまに観察されるように見られていたと思う。やっぱり俺らの関係は、残念ながらまだ疑わしいようだ。

まあ、一度人を騙していたから、そうやすやすと信用してもらえるとも思わないけど。だからこそ、あの先輩への受け答えをどうしようか考えていたのに。


学校に帰ったら、きっとまたあの先輩に何か言われるだろうとは想定内だったけど、それがこんなにも早くにやって来るとは思わなかった。


「…簡単なお仕事?冗談じゃねえよ。そんなの倖多にしか頼まねえし、もう必要もねえから。」


りゅうはそう言いながら、ドン、と突き飛ばすような荒い動作で、掴んでいた先輩の胸倉から手を離した。
そして振り返り、尻餅をついていた俺と目線を合わすようにしゃがんで、俺の頬にそっと手を重ねてくる。


「…ごめんな、痛かっただろ…。」


りゅうの所為じゃないのに、申し訳なさそうな表情で、優しく優しく、りゅうの手が俺の頬に触れる。

大丈夫、と言いたかったけれど、思った以上にビンタされたことが衝撃的だったようで、口の中がカラカラに乾いており、言葉がすぐに出てこなかった。


「…立てるか?」

「…あ、うん。」


りゅうの手を借りながら立ち上がると、りゅうはその後一目も有坂先輩の方を見ずに、すぐさま俺とりゅうの旅行バッグを肩に担ぎ、俺の手を引いて、逃げるようにその場から立ち去った。


「…もう二度と倖多には近付かせねえから…。ごめんな…、あとでほっぺた冷やそうな…。」


りゅうはすっかり責任を感じてしまっているようで、りゅうの表情はなんだか少し泣きだしそうだ。


「りゅうの所為じゃないって。…全然、大丈夫だから。」


たかがビンタを一発食らっただけだ。

大怪我を負ったわけでもないし。

俺は全然大丈夫。


えらく気落ちしてしまったりゅうに安心してほしくて笑いかけると、荷物をドサッと床に下ろして、りゅうが俺の身体を抱き締めてきた。


「…もう絶対、こんな目には合わせないからさ…、付き合うのやめるとかは、言わないでくれよ…?」


縋るように俺の肩口にすりっ、と寄せられたりゅうの額。昨晩俺の言ったことを気にしていたのだろうか。


「仕方ねえなぁ。じゃあ、今回だけな?」


って、そう言ったのは軽い冗談だったけど、りゅうはそれでも本気で安心するように、うんうんと俺の言葉に頷いている。


「俺が、有坂とちゃんと話して、倖多とのこと認めさせるから。」


りゅうは真剣な表情で、決断するようにそう口にした。

りゅうが話をしたところで、あの人は俺とりゅうの関係を、簡単に認めてくれるのだろうか。


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