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「りゅうはさ、もっと理性的にならなきゃ。感情的に行動するから、さっきみたいなことが起こるんだよ。」


敷きかけだった布団を綺麗に整えながら、倖多はチラリと俺の顔を見て、説教するように口を開いた。


「恋人のふりしてたのもバレてるし、今後のこといろいろ考えていかないとな。」

「へ?考えるって?なにを?」


恋人のふりがバレたとしてもそれはもう別に良くね?と俺は思っていたが、倖多てきにはそういうわけにもいかないらしい。

真面目な顔をして話す倖多に問いかける。


「あの人、今どういう心境でいるんだろうな。俺らが実は恋人のふりしてたって知って、やっぱ喜んでんのかな。対応をちゃんと考えないと。」

「…え、あの人って?」


あの人、と言われてもすぐに思いつかなかった俺に、倖多が呆れたようにため息を吐いた。


「いるだろ、一人。病的なくらいりゅうのことが好きな奴。」

「…あぁ。…有坂?」


病的なくらい好きって、その言い方はちょっとやめてほしいけど。誰のこと言ってんのか一発で分かった。


「学校帰ったらいろいろ問い詰められるんだろうな。」

「聞かれたら正直に全部話せばいいだけ。」

「恋人のふりはしてたけどやっぱりガチで付き合いましたーって?」

「うん。」

「信じてもらえない気がするなぁ。」

「別に信じてもらわなくて結構なんだけど。」

「いや、俺はちゃんとあの人に認めてもらわないとりゅうとは付き合えない。」

「は!?なんだよそれ!!!」


思わぬ倖多からの発言につい大きな声を出してしまった。シーッと口の前で人差し指を立てる倖多の側へ歩み寄り、腰を落とす。


「だってあの人マジでりゅうに抱かれたい願望あるじゃん?りゅうくんどんなセックスするの?とかムービーくれとか言ってきたりするし、そういう追求をされ続けるのって結構キツくね?」

「…え、なにムービーって…。それは俺も嫌だわ。」


有坂あいつ倖多になに言ってんだ。

倖多の口から聞かされる内容に、顔が引き攣る。


「でもムービーくれって言ってくるくせにりゅうくんとセックスしないでとか言うし、言ってること矛盾してる。」


いやいや、セックスはするけどムービーはやらん。そもそも誰の許可を得て俺の倖多ちゃんにセックスしないでとか言ってんだ。


「俺は、言っとくけど抱く気満々だからな。」


勿論、倖多を。そういう欲求は高まるばかりで、倖多にはちゃんと分かってて欲しくてはっきり告げる。

すると目の前の倖多は俺から視線を外し、ほんのり頬を赤くして、ぼそりと小声で口を開く。


「…まぁ、…だよな。そういうの含めて“恋人”だもんな。…てか、やっぱ俺が抱かれる側なんだ…。」

「この前ちゃんとジャンケンで決めたしな。」

「…あぁ。でもあれ付き合う前のことだし無効じゃね?」

「なに言ってんだ!有効だよ!」


今更ごねられてももう遅いから。

あー早く倖多とエッチしたい。今すぐにでもしたい。こんな話題は正直やばい。俺人並みに性欲ありますから。


「倖多のバージンは俺がいただく。」

「ヒッ…!りゅうにヤられる…っ。」


宣言する俺から逃げるように、倖多は布団の中に潜り込んだ。

その後を追うように俺も布団の中に入り、倖多の身体に腕を回し、ガッチリ捕える。


「大丈夫、俺ちゃんと男同士のセックス勉強しとくから。」


倖多の耳元で囁くようにそう言うと、倖多は諦めたように俺の腕の中で大人しくなった。

そして、小声でぼそりと倖多は何か呟いた。


「…やばい…、いよいよ俺あの先輩に殺されるかも。」


何より倖多が不安に思っていることは、どうやら有坂の存在らしい。





「…うっ…なに…くるし…っ」


朝、身体の上にのしかかる圧迫感で目が覚めた。

そう言えば昨夜は、自分の布団を敷こうとしないりゅうが俺の布団の中に入ってきたから、仕方なく二人同じ布団で寝たんだった。


俺の首に回るりゅうの腕、俺の尻の上に乗っかっているりゅうの足、そして、俺の視界に入り込んでくるりゅうの寝顔。


ポカンと開いた口が、少年のようなあどけなさを感じさせており、見ていて微笑ましい。

…けど、重い。


グイッとりゅうの足と腕を退け、そっと布団の中から抜け出した。


時計を見ると時刻は6時半を過ぎた頃だ。

驚くことに、夜中に一度も目を覚ますことなく熟睡できた。疲れてたからか。それともりゅうの体温が心地良かったからとか思ってみたりして。


まだ眠っているりゅうは起こさないように静かに洗面所へ向かい、顔と歯を洗う。

そして7時を過ぎたところで、トントンと身体を叩きながらりゅうを起こすと、うっすら開いた目が俺を見た。


暫しぼんやりした様子を見せながら、数秒後にハッと勢い良く身体を起こしたりゅうは、「夢じゃねえよな!?」と叫んだ。


「え、なにが?」

「俺ら!!昨日!!恋人同士になったよな!?」

「あ、うん。」


どうやら一晩寝ると昨日あったことが夢か現実かわからなくなっていたようだ。

確認するりゅうの言葉に頷くと、「よかったぁ!」と嬉しそうにするりゅうの態度が微笑ましい。

「夢だったらどうしようかと思ったー。」と無邪気に笑いながら、りゅうは洗面所へ向かった。


おかしいなぁ。誰が見てもかっこいいはずのりゅうが、なんだか可愛くみえてくる。

……これは、まさかの…

恋人マジック?

……ってなんだそりゃ。



その後、数分で身支度を済ませてりゅうと共に食堂へ。祥哉先輩と杉谷くんの部屋に寄ってみたものの、すでに彼らは食堂へ行ったようだ。

チラチラと生徒からの視線を感じるがこれはもう慣れるしかないのだろう。

おぼんに朝食を乗っけてから空席を探すと、先に朝食を食べていた祥哉先輩がヒラヒラと俺たちに向かって手を振ってくれているから、俺たちは迷わず祥哉先輩と杉谷くんが座るテーブルへと向かった。


「朝っぱらからお前らの話題尽きねえわ。」


大盛りの白ごはんが盛られた茶碗片手に、焼き魚や味噌汁、納豆、卵焼きなどをもりもり食べている祥哉先輩が、周囲を見渡しながら話しかけてきた。


「隆さっき1年にボロクソ言われてたぞ。新見くんは男除け目的で瀬戸先輩に無理矢理付き合わされてるとか、瀬戸先輩は女好きなくせに新見くんに迫ってるとか、瀬戸先輩は性格が悪い、とか。聞いてて笑うっつーの。」

「…え、なんでりゅうばっかり…。」

「新見は隆に“付き合わされてる”って印象持たれてるみたいだな。」


批判される時は二人一緒だと思ってたのに。

上級生というりゅうの立場が、周囲にそう思わせてしまっているのかもしれない。

違うのにな。りゅうは最初から俺のこともちゃんと考えてくれていた、優しい先輩なのに。


周囲の勝手な推測があたかも本当のことのように語られるのは不愉快だな。


どうしたらこの出回ってしまった噂を一掃できるのだろうと思った時、頭に浮かんだのは昨日のりゅうの食堂での告白だった。


りゅうのあの目立った告白があったから、りゅうは“俺に迫ってる”とか言われてるんだ。


じゃあ俺も、あの告白に対して、周囲に知らしめるように返事をすれば…


「りゅう!昨日のことだけどさ!!」

「へ?昨日??」


突然声を張り上げてりゅうに話しかけた俺に、りゅうはビクッと驚きながら俺を見返した。


「恋人のふりは昨日でバレちゃったから仕方ないけど!俺もりゅうのこと好きだから!今日からはマジな恋人としてよろしく!」


うわー、なんか、今のわざとらしかったかな。朝っぱらから俺なにやってんだろう、ってめちゃくちゃ恥ずかしいけれど。

周囲にもよく聞こえる声で話しながら、俺はりゅうに向かって握手を求めるように手を差し出す。

するとりゅうは、「え、お、おう…。」と戸惑いながらも、俺の手を取って握手してくれた。


その手をグイッと引っ張り、りゅうを引き寄せると、「うわっ!」と前のめりになるりゅうの唇に、チュッ、と不意打ちで軽く触れるだけのキスをする。


りゅうは俺の行動があまりに突然すぎたようで、ポカンと間抜け面だ。

しかし俺はそんなりゅうを置いて、何事もなかったように食事を進めた。


さあ、今見たこと、聞いたこと、それは確かな真実だから、思いっきりほんとのことを広めてほしい。


「…倖多いきなりなんだ、びっくりした…。」

「隆に悪い噂が流れたから塗り替えてくれたんだろ。愛されてんな。よかったじゃん。」

「んへぇ…やばい倖多…まじ好き。」

「りゅう味噌汁溢れてる!!!」


にやにやしながら味噌汁を啜ろうとしたりゅうは、お椀に口を付けながら喋ろうとするから、顎からタラタラと味噌汁をこぼしていた。


「瀬戸先輩めちゃくちゃ浮かれてる…。」


ずっと大人しく朝食を食べていた杉谷くんに、りゅうは呆れた表情を向けられていた。


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