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「あークソ、副会長まじでうざかった…」
風呂に入っているあいだずっと、俺を見張るような態度で副会長が隣に居た。あまりに鬱陶しいからまだ湯船に浸かっていたかったけどのぼせたふりして先に出てきた。
『隆は放っておくと新見のこと襲ってる』とか『昨日はガチで襲う気満々に見えた』とかなんとかしつこくグチグチ言われたけれど、俺は別に襲ってない。
なのに俺のことをケダモノ扱いしてくる副会長の愚痴をぶつぶつ言っていると、浴室から出てきた祥哉に無言で笑われた。
「なに笑ってんだ。」
「いくら新見が可愛いからって襲うのはダメだろ〜?」
「だから襲ってねえっつの!」
風呂から出て、のんびり全裸で体重計に乗っていやがる祥哉にだけは言われたくない。この露出狂め、視界の暴力だ。
「てか体重量る前にパンツ履け!」
「あ、1キロ減ってる。」
「全裸だからじゃねえの!」
「かもな。」
「いいから早くパンツ履け!」
風呂上がりになかなかパンツを履かない祥哉を、倖多が鏡の前でのんびり髪を乾かしながらちょっと呆れたように笑っている。
あーあ、どうせ見るなら倖多の全裸の方が良い。なのにいつの間にか倖多は風呂から上がって服を着ている。
風呂上がりで火照った顔とかそそられるだろうに残念だ。
ドライヤーの風で揺れる髪は細く、サラサラで柔らかそう。顔も身体も、髪まで綺麗。あーあ、せっかく俺の恋人だったのに。
…じゃなくて。恋人役、だったのに。
てか誰なんだよ、俺と倖多の噂流したやつ。
今に見てろよ、ガチで俺の恋人にするからな。
んで、誰にも文句言わせない。
そんなことを倖多を眺めながら考えていると、ドライヤーで髪を乾かすのを終えた倖多が振り向き、俺の視線に気付いた。
「ん?りゅう?おーい。りゅうちゃーん?」
「え、…あ、なに?」
「いや、なんかぼーっとしてたから。髪ちゃんと拭けよ、風邪ひくぞ。」
「倖多乾かして。」
「いいよ、こっち来て。」
…お?まじ?乾かしてくれんの?
……言ってみるもんだなぁ。
俺は嬉々として倖多の元へ歩み寄る。
椅子に座った俺の背後に立った倖多が、再びドライヤーを持って手櫛で俺の髪を整えながらドライヤーの風を当ててきた。
やべー、気持ち良い。倖多の手の感触が。
心地良くて睡魔が襲ってきそうになった。
しかし、そんな良いところでガラリと浴室の扉が開く音が聞こえる。
「お?なんだなんだ?まだ恋人ごっこやってんの?」
チッ、さっそく副会長め、余計なことを。
風呂から出てきた副会長に言われたことにイラっとしたが、俺は何も言わずに目を閉じて、倖多の手の感触を堪能する。
「ごっこっていうか、今更りゅうの扱い方変えることできないんですよね。」
頭上で聞こえる倖多の副会長への返答に、俺は閉じていた目をすぐに開け、倖多を見上げた。
「りゅうに出会って初日から、今までずっとこの調子だったもんな。やめろって言われてもやめらんないかも。」
俺の目を見て微笑しながらそう言った倖多に、期待値が上がる。
「ふぅん?まあ好きにすればいいけど。あんまり期待させるようなこと言うと隆調子乗るよ。」
その通りっすよ、副会長。
俺はその時、半乾きの髪などどうでも良く、椅子から立ち上がり、倖多の方へ振り返った。
「倖多、俺はいつでもウェルカムだから。」
両手を広げて倖多に告げる。
すると倖多は、「うん。」と頷くだけだった。
ここは俺の胸に飛び込んできて欲しいところである。
「新見くんと瀬戸先輩、付き合ってなかったんすね。」
生徒会役員全員でゾロゾロと大浴場から出て行くと、脱衣所を出てすぐのところに立っていた生徒から唐突に冷めた視線と声を向けられた。
どうやら今日も、出待ちが居たようだ。
しかも相手は少しご立腹気味。
この顔には覚えがある。
「…あ、確か昨日の。」
「そうっす。昨日瀬戸先輩に邪魔された奴っすよ。」
そう言いながら、相手はチラ、と俺の後ろにいた倖多の姿を確認する。そして、続けて今度は倖多に向かって口を開いた。
「俺、マジで新見くんと仲良くなりたいって思って。瀬戸先輩居るから正直諦めてたけど、でも今日二人がほんとは付き合ってなかったって聞いて。できれば俺、新見くんともっと親しくなりたいって思ってます。付き合いたいな、って。恋愛感情持ってます。」
そう言って、真剣な態度を見せるそいつが、倖多のことを本気で狙ってるということは分かった。
それに対して悔しいことに、口出しできる権利が俺には無い。
相手はそれを分かってて、敢えて俺の目の前で倖多を口説いている。
言わば宣戦布告のようなものか。
倖多に向けて話を終えたあとに再び俺に視線を向けられ、まるで『何か言いたいことありますか?』とでも言われている気分になった。
まずお前に倖多はやらん。
俺が居るから正直諦めてたけど?
ならそのまま大人しく諦めろ。
もっと倖多と親しくなりたい?
そんなの俺だって。
言いたいことならあるけど、それをこいつに言ったからといって意味はない。
最終的に倖多の気持ちが重要だ。
何も言わずに俺は倖多に視線を向けると、倖多は困ったような顔をして俺と一瞬目を合わせた後、相手の方を見て口を開いた。
「…あの、人を騙すようなことしててごめんなさい。でも返事は昨日言ったことと変わりはなくて、友達なら大歓迎なので…。」
謝罪の言葉と、当たり障りのない返事をする倖多に、相手は少し不満そうだ。
「新見くんに謝らせてて、先輩は何も言わないんすか?昨日先輩に彼氏面されたのを思い出すだけで結構不愉快なんすけど。」
ああ、不満というか、俺の存在が不愉快なのか。
下級生のくせしてズバズバ言ってきやがる。
俺に謝ってほしいのか?
残念でした、俺は謝んねえからな。
「恋人のふりして何が悪い?そもそもお前らみたいに言い寄ってくる男を蹴散らすのが目的だったんだから俺は一ミリも悪いと思ってねえんだよ。彼氏面されたのが不愉快だ?勝手に不愉快になってろよ、お前の気持ちとかどうでもいいから。」
「ちょ、おい、りゅう言いすぎ…」
話の途中で倖多に止められ、口を閉じる。
「それが、瀬戸先輩の本性なんすね…。」
幻滅した、という目で俺を見る下級生。
「かっこよくて、クールで爽やかって、先輩のこと憧れている奴らいっぱいいるのに…。先輩見損ないました。」
かつてないほどに、人から嫌悪感を露わにした目で見られている。まったくの他人、知人でもない、ただの下級生になんで俺は、勝手に評価され、見損なわれなきゃなんねえんだと吐き気がする。
会長や副会長、祥哉に言われるのとはわけが違う。俺のことをよく知りもしないで言われたことに腹が立つ。
何か言い返したい。
でも俺がここで何か言い返そうとしたって、汚い言葉で相手を罵ることしかできなさそうだ。
そうしたらまた、俺の評価がグンと下がるだけだろう。まあ別に他人からの評価とかどうでもいいけど。
隣で話を聞いている倖多に幻滅されるのは嫌だ。
結局、何も言い返すことはできずに突っ立っていた俺だったが、そんな俺の隣へ倖多が一歩近付く気配がした。
「まあでも、俺だって本音はりゅうと同じこと思ってるかも。恋人のふりして何が悪い?いいじゃん、俺らの勝手だし。別に誰かに迷惑かけたわけでもないし。正直他人の気持ちとかどうでもいいよな。」
突然俺に同調するような発言をした倖多に、相手の目が信じられない、というように見開かれた。
「…新見くんまで、腹の底ではそんなこと思ってたんすか…?」
「だったとしたら?どうする?俺のことも見損なう?」
淡々と告げる倖多に、相手は絶句した。
「…まあ、自分の理想と違ったから見損なったって言うのも、結構失礼な話だと思うけど。」
続けて独り言のように無愛想な態度でそう言った倖多は、「りゅう、もう行こ。」と言って俺の手を引いた。
他人からどう思われたって、倖多がまだ俺の手を取ってくれるなら、俺は全然平気だなと思った。
「俺ら最低性悪コンビって言われるかもよ。」
「…倖多まで言われる必要無いだろ。」
「ううん、言われる時は二人一緒だから。」
倖多は俺にそう言って、ギュッと俺の手を握り続けてくれた。
ああもう、どうしよう。
倖多のことがどんどん好きになっていくばかりだ。
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