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眉間に皺を寄せ、腕を組んだ副会長が黙って俺たちに視線を向けてくる。りゅうは、そんな副会長を不機嫌な態度で睨み付けた。

俺が知るなかで今のりゅうは最も不機嫌で、俺には手がつけられない。

ギュッと握られた手は今も尚離してもらえそうに無く、俺は大人しくりゅうの隣に腰を下ろす。


「なんか妙な噂が流れてるみたいだね。とりあえずちゃんと説明してもらえる?」


威圧感のある副会長が、俺たちに向かって問いかける。会長と祥哉先輩、それから杉谷くんは、何も言わずに無言で俺たちの返事を待っていた。


しかしりゅうはムスッとした顔のまま、なにも言わずにそっぽ向く。握られた手にギュッと力が込められた。


「新見、説明して。」


りゅうからの返事は期待できないと悟ったようで、今度は俺に副会長の視線が向けられる。


…説明してって言われたって。

あの内容がほぼ真実で、俺には『それが真実です。』と答えることしかできないのに。


徐々に力強くなっていくギュッと握られた手が、まるで『言わないでくれ』とりゅうに言われているようで、俺に本当のことを言わせてくれない。


何も話さない俺とりゅうに、暫く返事を待っていた副会長が、「はぁ。」とため息を吐いた。


「そんなに手ギュッと握らなくても別に誰も新見のこと取り上げないって。」


副会長は呆れたような表情でそう言って、やれやれ、と困ったようにまたため息を吐く。


「…またあとにするか。」


ボソッと小声で呟いて、副会長はその場を離れた。

会長もその後を追い、その場に残った祥哉先輩がりゅうの側に腰を下ろす。


「隆に嘘つかれてたとはショックだなぁ。」


そう言いながらも、あまりショックを受けているような様子は無く、いつもの日常会話をするように話す祥哉先輩に、そっぽ向いていたりゅうの視線はここでようやく祥哉先輩へと向けられた。


「…ごめん。」


そして、りゅうの口からまさかの謝罪の言葉が出てきて、俺は驚き、唖然とする。

ここで謝るということは、噂を肯定しているのと同じことを表しているから。てっきり俺は、りゅうは否定し続けるのかと思った。


「まあそう気にすんな。隆にも事情があるんだろうし、お前らが付き合ってようが付き合ってなかろうがそれはお前らの勝手だからな。」

「…祥哉ならそう言ってくれると思った。」


祥哉先輩の言葉に、りゅうは今にも泣き出しそうに顔を歪めた。

ズズッと鼻をすすったりゅうが、ゴシゴシと片目を擦る。…おいおい、りゅう、まさか泣くのか?


「…せっかく俺の、オアシス見つけたのにさぁ。…まじ、放っといてくれよなあ…。」


…は?なんだ、オアシスって。

……ひょっとして俺のことか?


そしてそんな言葉と共に、ポロリと溢れた一粒の涙。


……あらら、りゅうちゃん泣いちゃったよ。


けれど、それを隠すように俯いて、一瞬で涙を拭い顔を上げる。隠したってもうバレバレなのに。


「…よしよし。ここはオアシスの出番かな。」


少し笑って、りゅうの頭をそっと撫でると、りゅうの潤んだ目と目が合い、その瞬間所構わずりゅうは俺の身体に抱きついてきた。


まるで大型犬に飛びつかれるような感じだ。

ああもう、しょうがねえなぁ。って、甘やかしてしまいそう。俺が居ないとダメなんだから。って、恋人面してしまいそう。


「ああもう、まじ、…絶対俺のもんにする。」


そして、小さく呟くりゅうの言葉に俺は思った。


もう、りゅうのもので、いいかな…って。





「杉谷、杉谷!あの噂ってぶっちゃけマジなの!?」

「本当だって言われても正直納得できるよな!瀬戸先輩に恋人いるとか最初マジでみんな驚いてたし!」

「そうそう、しかも特待生でめっちゃ美形の新見くんだもん!誰も文句言えないってのも瀬戸先輩の思う壺だったんだろうね!」


あれこれと新見くんと瀬戸先輩の噂話が飛び交う、宿泊学習2日目の午後。

僕はクラスメイトや知り合いから、何度も質問攻めに合っていた。

正直なんて答えたら良いかわからない。
多分、一番戸惑っているのは周囲より関わりが多かった僕を含む生徒会役員だ。

彼らは、2人の口から真実を語られるのを待っている。



キャンプ場ではずっと居心地悪そうにしていた2人だけど、2人はずっと一緒に居た。でも口数は少なく、淀んだ空気だ。

祥哉先輩だけがいつもと変わらぬ調子で2人と接していたから、きっと2人は祥哉先輩に救われただろう。

僕は祥哉先輩みたいに2人と接していられる自信は無い。

なんで恋人のふりなんてしていたの?
仲が良いな、って思っていたのにあれは全部見掛けだけ?
瀬戸先輩、新見くんと居られなくて昨日ずっと不機嫌だったじゃない?あれは一体なんだったの?


聞きたいことがいろいろあって、でも聞けなくてイライラした。


憧れていた先輩に恋人が居た。
自分より遥かにハイスペックな恋人だ。
羨ましいなぁ。なんて思ったこともある。
でも最近は仲良いし、お似合いだよなぁ。って見守るように接してた。

新見くん居ないと瀬戸先輩不機嫌になるし、新見くんが一緒に居る時は瀬戸先輩めちゃくちゃ元気で、ほんとに好きなんだなぁ。って思ってたのに。


なにが嘘で、なにがほんとなわけ?


僕は、わけがわからなくなって、徐々に怒りが込み上げてきた。


人々は、『騙されていた』という思いが強くなり、これが怒りに変わるのだ。


2人に向けられる視線は、きっと今後はうんと冷めた視線に変わっていくだろう。


キャンプ場から宿舎に戻るバスには、僕と祥哉先輩、瀬戸先輩と副会長、新見くんと会長に分かれて乗り込んだ。ちょっと変わった組み合わせだ。

瀬戸先輩が副会長に連れられバスに乗り込むとき、まるで悪いことをしたあと保護者に連れて帰られる子供のように見えてしまった。


「…瀬戸先輩って、なんか、思ってた感じの先輩と違ってました。」


まず瀬戸先輩のその見た目に魅了される人ばかりで、性格とか中身まではあまり知らずに先入観だけで瀬戸先輩のイメージは作り上げられていたと思う。


けれど、全然違った。

瀬戸先輩って、すぐ不機嫌になるし、人のことあんまり考えてなさそうなところあるし、ちょっと自己中っていうか、わがままで子供っぽいところもある。


なんで僕って、この先輩に憧れてたんだろう?って考えてみたら、その理由は顔だけだった。


バスの中で祥哉先輩に話しかけると、「実際に接してみないとわかんねえこともあるしな。」と祥哉先輩から返事が返ってくる。

その通りだ。

見た目だけで、人の中身まではわからない。


「僕が昨日瀬戸先輩と一緒に行動してても瀬戸先輩全然楽しそうじゃないし、正直ガッカリしてました。瀬戸先輩って自己中じゃないですか?」

「あー、まあな。隆は入学当初から周りのことなんかほんっと、どうでも良さそうで、自己中心的に生活してたと思うわ。」


ほらほら、やっぱりそうなんだ。

僕は周りの生徒たちより少し瀬戸先輩を知れたというちょっとした優越感を抱いた。


「新見くんも大変ですね、そんな瀬戸先輩の都合に巻き込まれて。」

「んー。でも新見は結構自分の意見はっきり言える方だし、嫌なことは嫌って言うだろ。俺にはなんだかんだであの2人は上手くやってたんじゃねえかと思うよ。」

「…ですかねぇ。」


てかなんで僕、瀬戸先輩の悪口言っちゃってるんだろ。

騙されてた、ってのがやっぱり僕の中で大きいのかな。…いや、違うな。憧れてた先輩と一緒に活動ができて嬉しかったはずなのに、その先輩には恋人が居て、でもその恋人はニセモノだった。

ここは喜ぶべきところかもしれない。

なのに、僕は思うのだ。

それがニセモノだったとしても、多分みんな、新見くんには敵わない。

僕はそれが分かっているから、悔しいのだ。


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