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「お、うめえうめえ。」
「ほんとだ、おいしい。新見やるじゃん。」
「そうでしょう?倖多の料理は美味しいんすよ!」
「隆が自慢気なのなんかムカつく。」
無事にカレーが出来上がり、なんと珍しく副会長にお褒めの言葉をいただき、ちょっと浮かれながらカレーを食べていた時、やたらと俺たちの方をチラチラと見ている生徒たちが少し気になった。
会長と副会長を見ているのか?それともりゅう?
いつも注目を浴びている人たちだから見られていても不思議に思わないのだが、突き刺さる視線がどうもいつもとは雰囲気が違うように感じた。
しかし会長も副会長もりゅうもいつも通り。
うまいうまいと祥哉先輩はすでにカレーのお代わりをしている。
俺の気にしすぎか?と思っていた時、「えっ…」と小さな声を出した杉谷くんが、スマホを持って画面に向けていた顔を上げ、控え目な視線をチラリと俺と、続けてりゅうに向けてきた。
「ん?」
どうしたのか?と首を傾げると、杉谷くんはすぐに俺から視線を逸らす。
しかし再びチラリと視線を向けられ、やっぱり俺はおかしいと感じた。
静かに俺は杉谷くんの隣に移動し、腰を下ろす。
「杉谷くんなに?どうした?」
問いかけると、杉谷くんは数秒悩んだような素振りを見せ、おずおずと持っていたスマホの画面を俺に見せてきた。
【 拡散希望!瀬戸 隆と新見 倖多の実態!
2人の恋人関係がニセモノだということが判明。カップルらしく見えていたようであれは実は演技だった!
新見 倖多は瀬戸 隆が雇った雇われ恋人!
入学式の日、2人のある会話を聞いてしまった生徒が、周囲を騙す2人の様子に見兼ねて教えてくれました。
“実は入学式の日、変な会話を聞いたのが耳から離れないんです。
入学式の受付の人が、僕の前に居た新入生に言ったんです。
『お。よしキタ。決定、キミがいい。なあキミ、ちょっと簡単なお仕事してみない?』
小声だったのではっきりとは聞こえなかったんですけど、そんなことを言ってました。
そして僕は見てしまいました。
新入生のポケットに小さく畳んだお札みたいなものを入れていたのを。
今思うと、あの先輩は間違い無く瀬戸先輩で、新入生は背丈てきにも新見くんだったんじゃないかっていう疑いが僕の中で拭えません。
これがもし間違いなかったら、あの二人はあの時が初対面です。 恋人関係なんてものは全て嘘で、演技です。 ”
証言してくれた生徒の言葉はとても嘘とは思えない。恋人がいる素振りなど見せたことがなかった瀬戸 隆に、いきなりポッと現れた新見 倖多の存在は確かに怪しすぎた!
彼らに純粋に恋する者たちよ、諦めるにはまだ早い。彼らに騙されるな!これが、あの怪しいカップルの真実だ! 】
……なにこれ。
つらつらとそこに綴られていた文章に、俺は一瞬頭の中が真っ白になった。
「…これ、今さっきラインで流れてきた文章。僕のところにも流れてきたってことは、今1年生でこの文章見てる人たくさんいると思うよ…。」
杉谷くんはコソッと俺にそう教えてくれた。
俺は、なにも言えずにただただ呆然としてしまう。
そこに書かれている内容は、俺と隆が出会った時から今まで隠してきた事実だったから。
さっきから感じる視線の原因は、これだったんだ…
「…僕も最初は2人のことちょっと怪しいって思ってたけど、瀬戸先輩見てたらこんなの嘘だって分かるよ。新見くんのことすごい好きだし。2人すごく仲良いし。僕がこんなの嘘だって否定しとくよ。2人が僕らを騙してたとも思えないし…。気にしなくていいと思う。」
生徒会役員になって、少し関わり合いが増えた杉谷くんの言葉に、胸がチクチクと痛んだ。
宿泊学習に来てからは杉谷くんに迷惑ばかりかけている。仲良くなった、とは言えないけど、少しだけ打ち解けられたと思う。
この文章を見て、彼は目の前の俺らのことを信じてくれるんだ…
そう思ったら、俺は一時は小さくしぼんでいった罪悪感というものが、ぶわっと一気に膨れ上がってしまった。
「………ごめん。」
絞り出したような俺の謝罪の声に、杉谷くんが「え…?」と戸惑うように俺を見る。
「………そのはなし、ほんと。」
「………えっ…!」
この状況で、俺は杉谷くんに嘘をつくことはできなかった。
多分ここでさらに嘘をついたら、もっともっと罪悪感を抱いてしまうことになるだろうから、と。
「倖多?どうした?」
「……りゅう、俺らもう終わりだわ。」
「へ?」
呆然としていた俺の顔を覗き込んできたりゅうに告げる。
あんな文章が流れてまで、俺は嘘をつき続けられない。
「なんだ?どうしたんだよ新見。」
「カレー冷めるぞ?」
「てか顔色悪いけど大丈夫?」
祥哉先輩や会長、副会長に心配そうに見られてしまい、居た堪れない。この人たちを騙していた、という罪悪感も俺の中で大きく広がった。
「杉谷、倖多どうしたんだ?」
りゅうが杉谷くんに問いかける。
杉谷くんは、りゅうにおずおずと持っていたスマホを差し出した。
画面を見たりゅうの表情が、徐々に顰めっ面に変わる。
その後、杉谷くんにスマホを押し返したりゅうは、周囲に聞こえるほどの声で誰に言うわけでもなく怒鳴りつけた。
「バカらしい!勝手に言ってろ!!!」
不機嫌面でりゅうは俺の手を掴み、立ち上がった。持っていたカレーの皿がひっくり返るも、りゅうは御構い無しだ。
人気のない方へ俺を引っ張って歩く。
俺は何も言わずにりゅうの後ろを歩いた。
木々で覆われた茂みの中まで足を進め、立ち止まる。
「終わりってなんだ?終わらせねえよ?」
その場で振り返り、りゅうは俺にそう言った。
「…こんな噂が流れた時点でもう終わりだろ。」
「噂なんかどうでもいいだろ。」
「良くないだろ、あの文章に間違い一つねえよ。」
「間違いならある。俺は倖多を雇ってねえ。」
「最初雇おうとしてたじゃん。」
「でも倖多金突っ返してきたじゃねえか。」
……金突っ返したからなんだっていうんだ。
あの会話を聞かれ、その瞬間を見られていたのなら、もう言い訳のしようがないだろ。
俺たちがそれを否定したって、すでにもう怪しまれていることには違いない。このままこんな関係を続けるのには無理がある。
だから、もう俺とりゅうが恋人のフリするのはここで終わり。
けれど、りゅうは駄々をこねる子供みたいにそれを聞き入れてはくれない。
ギュッと掴まれた手がちょっと痛い。
これはなかなか離してもらえなさそうだ。
「…りゅう戻ろ。こんなとこで2人でコソコソ話してて、もうすでにめちゃくちゃ怪しまれてる。」
ちらっと振り返ってみれば、遠くから眺めるように俺たちのことを見ていた生徒が何人もいる。
それを知っていながら、りゅうは俺の頭に手を回し、強引にキスをしてきた。
深く合わさった唇は、りゅうの力強い手によって離れられない。
…りゅうから俺に触るの禁止ってさっき言ったところなのに…りゅう絶対忘れてる。と思いながらも、まあ、もうどうでもいいや…とりゅうからのキスを受け入れた。
「倖多、…俺はやりたいようにやるからな。」
その後、ゆっくりと唇は離れていき、宣言するようなりゅうのその発言を聞いた後、再びりゅうに手を引かれて来た道を戻る。
戻って来た俺とりゅうを待っていたのは、何か言いたげな表情をした生徒会役員一同だった。
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