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「瀬戸せんぱぁい?ここに居ますかぁ〜?僕鍵持ってないんですけどぉ…。」


…あ、そうだった、部屋の鍵閉めてきたんだった。

倖多が部屋に戻ってきたということは杉谷も戻ってくるということで、部屋の外から聞こえてきた困ったような杉谷の声にハッとした。

一室ごとに鍵を1つだけ渡されているから、隣の部屋の鍵は俺が持っている。


「ったく、りゅうちゃんダメじゃ〜ん。今日杉谷くんにめっちゃ迷惑かけてるぞ?」


部屋の外にいる杉谷に俺が返事をするより先に、倖多が俺を叱るようにそう言いながら立ち上がった。

…うわ、なんか、今の良い。…叱られたのに顔がニヤける…。『りゅうちゃん』だって。可愛い。倖多。


「杉谷くんごめんごめん、りゅう中に居るよ。」


ニヤけた口元を手で隠しながら、倖多の後ろ姿をチラ見。

倖多は部屋の扉を開けて、俺の代わりに、って感じで杉谷に声をかけ、謝ってくれている。

…やっべえ、またニヤけた。

俺が謝るべきことを、倖多が謝ってくれている。いや全然喜ぶ場面じゃねえんだけど。てか杉谷に俺が謝れって場面なんだけど。


「おー杉谷悪い悪い。まだ戻ってこないと思って部屋の鍵閉めちゃったわ。」


ニヤけた口元を引き締めながら、倖多の後に続いて玄関に向かう。

開いた扉が閉まらないように手で支えて立っていた倖多の背後に立ち、さりげなく倖多の肩を抱くと、倖多はチラリと俺を見上げてきた。


あーダメだ、これは、もっと触りたくなる。

そんな欲求を抱きつつ、それを表には出さぬようにしながら「はい。」と杉谷に鍵を渡す。

俺から鍵を受け取り、部屋に戻った杉谷を見送ったあと、その欲求は抑えられなかったようで、俺は倖多の頭に自分の額をくっつけた。

倖多の髪からほのかに香るシャンプーの匂いに、気分が良くなる。

今度は角度を変えて、頬をくっつける。そして、サラリと倖多の髪に指を通す。柔らかくてサラサラしている。気持ちの良い感触だ。


「…はぁ。倖多…」


それは、ほぼ無意識に溢れ出た、感嘆の声とため息。


「…なんか、俺お邪魔そうだな。…ちょっと予定より早いけど部屋代わってやるよ。」


そして、俺と倖多の背後に居た祥哉の気まずそうな声が聞こえ、俺は我に返った。

いつの間にか服を着ていた祥哉が旅行バッグを持って立ち上がる。


「隆あとで荷物取りに来いよ。」

「…お、おう。…了解。」


祥哉は俺に部屋の鍵を渡して、倖多の肩を抱いていた俺の隣を通り過ぎ、部屋を出て行った。

祥哉を見送り、室内には数秒間の沈黙が流れる。


「…今のなに、めっちゃ恥ずかったし…。」


沈黙を破ったのは倖多で、そう言って耳を赤くする。チラリと視線を向けられ、倖多と目が合った俺は、衝動的に倖多の唇にキスした。

倖多からゴクリと唾を飲み込んだ気配がする。

目を開けて、固まっている。

まだちょっとだけ耳が赤い。


頭の中では冷静に考えているつもりでも、無意識に口から出てくる言葉からして、俺には全然余裕が無い。


「倖多好き。

…なあ、惚れさせるってどうすればいい?」


倖多の目をジッと見つめて問えば、倖多はそんな俺を見てクスッと笑う。


「りゅう夕飯の時からずっとそれ考えてたんだろ。」

「おう、すげー考えてた。だって俺男好きになるのとか初めてだもん。惚れさせ方とかわかんねー。」

「んー。…まあ焦らず気儘にさ、りゅうらしくやればいいんじゃね?」

「いや焦るっつーの。倖多分かってねえな。人前でキスしたりイチャイチャできる関係が、俺の欲を掻き立ててんだよ。人前で出来て二人きりの時出来ないのってすげえ苦痛。」

「…え、今普通にキスしたじゃん。」

「あんなのいつもしてんじゃねえか。」

「…あれ?なんか今の会話ちょっと矛盾してないか?二人きりの時出来ないのが苦痛って…」


…矛盾?…してるか?

いや知るか。矛盾とか知らん。

俺はもっと、もっともっと、二人きりの時こそ倖多に触りたいってことが言いたかっただけなのに。

矛盾してるとか言われて自分勝手に腹を立てた俺は、衝動的に倖多を部屋ん中の、畳の上に押し倒した。

倖多は驚きで目を大きく見開いていた。

衝動的にキスして、衝動的に押し倒して…

こんなんじゃそのうち嫌われるかも、と思っても、今の俺には止められなかった。


比較的人より白い肌の倖多の首筋に目がいった。

ダメ、ダメだ、止めろよ俺!

頭の中で自分自身に呼びかけているのに、止まらない俺の身体は、倖多の首筋に顔を埋める。


「ちょっ、りゅう!なんだよ!?」


くすぐったそうに身をよじる倖多の手首を掴み、その首筋に唇を寄せる。


舌で倖多の肌の感触を味わい、チュッと肌を吸い上げるように倖多の首筋にキスをすると、その一部分が赤く色付いた。


「りゅう!おい!ちょっと!」


まだ足りない。全然足りない。
俺が求めるのはこんなもんじゃない。


次に捉えた倖多の唇。

自分の唇と重ねて、舌で倖多の口をこじ開けて、倖多の綺麗な歯並びをゆっくりと舌で撫でるように動かして、上唇を食べるように口で覆う。


「う、…あっ…!」


倖多の苦しそうな息遣いに、俺の身体がゾクゾクした。いっそこのまま、もっと、もっと…

相手の意思も聞かず、悪いと思いつつ止まらない。


倖多の手首を掴んでいた手を離し、倖多が着ているシャツの下からスッと手を入れた時、


「はーい、ストーップ。やめんかコラ。」


いつの間にか部屋の扉は開いていて、背後に立っていた副会長にゲシッと容赦無く尻を蹴られた。


良いところで止められてしまったと憎む気持ちと、止めてくれて良かったと安心する気持ちが自分の中で混ざり合う。


「こういうことすると思ったからお前ら別々の部屋にしたんだけど?もうすぐ見回りの先生来るからと思って様子見に来て良かったわまじで。油断も隙もねえな。」


副会長は冷めた目で俺を見下ろしてそう言いながら、俺の首根っこを掴んだ。

そのままズルズルと俺を引き摺り、隣の部屋に移動する。


トントン、と副会長が部屋の扉をノックすると、開かれた扉。そして、副会長に強引に俺は部屋の中に押し込まれた。


「祥哉、部屋移動しな。」

「え、…あ、はい。」


突然のことでポカンと口を開けた祥哉が、間抜け面で返事をし、たどたどしい足取りで部屋を出ていく。


「祥哉の荷物は?」

「…あ、これです。」


杉谷に確認し、副会長は祥哉の荷物を持って、部屋の扉をパタンと閉める。


「…厳しいですね、副会長。」


シーンと静まった室内で、杉谷が俺を気遣うようにポツリと口を開いた。


「…いや、まあ、…俺が悪いし。」


我を忘れて、倖多に手を出した。

確かに見回りの先生が来たらやばかった。

俺は、副会長に感謝すべきだ。


しかし怖いのは次に顔を合わせた時の倖多の態度。

嫌な顔されたらどうしよう…。

まあ、自業自得だけど。


その日の夜は、大人しく倖多と別々の部屋で就寝した。


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