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のぼせる前に風呂から上がり、俺とりゅうは脱衣場で髪を乾かしたりして生徒会役員全員が浴室から出てくるのを待った。でないと会長と副会長にまた何か小言を言われかねない。
皆同じようなTシャツにジャージというラフな格好に着替えて、ぞろぞろと大浴場の脱衣場から出ると、入り口から少し離れたところに生徒が数名立ち話をしている。
そんな何気無い風景に、先頭を歩いていた祥哉先輩が面白いものを見るような目で彼らを見ながら口を開いた。
「おっ、恒例の出待ちだな?」
「出待ち?」
その口振りからなにか思い当たることでもあるようで、祥哉先輩は「去年もあったんだよな〜。」と懐かしむように話している。
「隆と会長でしたっけ?去年風呂上がりに告られてたの。」
「あぁ、そんなこともあったな。」
頷くのは会長で、りゅうは興味無さげで会話に寄ろうとはしない。
「隆タオルで頭拭きながらすげー冷めた態度で『ごめん無理。』ってスパッと告白断ってましたよね。」
「それ覚えてる覚えてる。優しさの欠片もない振り方する奴だなぁって思ってた。」
副会長も会話に加わり、祥哉先輩、会長、副会長が3人並んで立ち話していた生徒の横を通り過ぎる。
通り過ぎたってことは、用があるのはこの3人じゃないってこと。残るはりゅうと杉谷くんだが、別に出待ちってわけじゃなかったのだろう。
…と思いながら、俺も3人に続いて通り過ぎようとした時だった。
「…あ!新見くん!ちょっと良いすか!?」
「え?………あ、俺?」
まさかの通り過ぎようとしていた瞬間に声を掛けられ立ち止まる。
「おー、今年は新見だったか。」と祥哉先輩が振り返り、また面白いものを見るような目を向けられた。
声をかけてきた生徒は、少しりゅうの存在を気にするようにチラチラと視線がりゅうへ向けられる。
まさか告白じゃねえよな?だってりゅう居るし。何の用だろう?と相手の出方を伺っていると、おずおずと紙切れを1枚差し出された。
「…今日登山の時初めて新見くんと喋って、すっげー楽しくて、もっと喋りたいなって思って…。良かったら友達になってください!」
そんな言葉と共に頭を下げられる。差し出された紙切れには、クラスと名前、連絡先が書かれていた。
あまりはっきりとした記憶は無いけど、そう言えば登山の時喋ったことのある生徒かも。顔が朧げなのが申し訳ないけど、言われたその気持ちは素直に嬉しい。
友達ならこちらこそ大歓迎だ、と差し出された紙切れを受け取ろうとした時、横からピッとりゅうが相手の手から紙切れを奪い取った。
「連絡先渡すとか下心丸出しじゃねえか。」
「…いや、その、深い意味はなくて…。また話せたらいいなって思っただけで…。」
「話すだけなら連絡先渡す必要なくね?」
横からズケズケと食ってかかるような態度のりゅうが口を挟んでくる。
「ちょっとりゅう、なんでキレ気味なんだよ。」
今度は俺がピッとりゅうの手から紙切れを奪い取って口を挟むと、りゅうは俺の首に腕を回し、肩に顎を乗せて俺に密着しながら相手をジッと見つめて口を開いた。
「ちょっと倖多の彼氏面してみた。」
「は?彼氏面?…いやいや、彼氏だろ?」
いや、正確に言えば彼氏役だろ?と言いたいところだが余計な部分は省いて言うと、りゅうは満足気な笑みを見せながら「うんうん。」と頷く。
それから何も言わずに俺の身体から手を離して、その場を離れるりゅう。
「…なにがしたかったんだ。」
りゅうの背中を眺めながら呟くと、目の前の相手も苦笑しながらりゅうの背中を眺めている。
「…あ、なんかごめんな?とりあえずこれは返してもいい?友達なら大歓迎だし、またいつでも話しかけてよ。仲良くなったらまた連絡先交換しよ。」
「…う、うん。こちらこそいきなりごめん…。…瀬戸先輩が居る時に話しかけるんじゃなかった…。」
失敗した…と言いたげに肩を落として立ち去る相手に、俺はなんだか気の毒に思えてしまった。
*
あまり出過ぎた行動を取っても倖多に引かれそうだなと思い、ある程度満足したところで先に部屋を目指して歩いていた。
「あれ?新見置いてきたのか?」
途中、自販機でスポーツドリンクを買っている会長と副会長の姿があり、足を止める。
「あんまり邪魔してもいけないかなと思いまして。」
まあすでに邪魔し終えた後だけどあれくらいのことは俺の立ち位置からすれば当たり前のことだ。
…俺の“表の”立ち位置からすれば、だけど。
男除けというそもそもの目的を果たしたと思っている一方で、自己満足を得るための行動だったという自覚もある。俺の態度に倖多はどう思っただろう。
倖多が誰かに好意を向けられていることが、なんか、すげえ嫌だった。
「隆が一緒に居るところであんな風に声掛けるってあの1年なかなかやるな。」
「なんか紙渡されてなかった?」
「クラスと名前と連絡先書いた紙っすよ。下心見え見えっしょ。」
「へえ、やるなぁ。で、新見は受け取ったのか?」
「さあ、わかんねっす。友達になってくださいっつー申し出だったんで受け取ってるかもっすね。」
もし倖多がほんとの恋人だったら、俺はもしかしたらその場であの紙切れを破り捨ててたかも。
さすがにそこまでやれるほどの権利が今の俺には無い。もどかしいな…。今の立ち位置が、もどかしい。
それから暫くすると、背後から「りゅうー。」と倖多が俺を呼ぶ声がした。
振り返ると、先程の生徒との話を終わらせたようで、倖多がこっちに向かってくる。
「話終わったのか?」
「うん。」
「紙受け取った?」
「ううん、返した。」
倖多のその返事に、あからさまにホッとした表情を浮かべてしまった。そんな俺をジッと見つめてくる倖多。
「喜んでるだろ。」
「ん?」
「なんか嬉しそう。」
「まあな。」
倖多に気持ちを見透かされているようだ。
会長と副会長がいるからとは言え正直に頷くと、倖多はなにも言わずに俺から視線を逸らした。
「じゃあ部屋戻るか。」と歩き始めた会長と副会長の数メートル後ろを倖多と並んで歩く。
「りゅうさぁ、俺のことマジで好きだろ。」
前を歩く二人には聞こえないように、声のボリュームを下げて口にした倖多の発言に、俺は目を見開いて倖多を見つめながら固まった。
…どうやらマジで見透かされてるらしい。
まあ、あまり隠してもいなかったけど。
「…好き。……っつったらどうする?」
「逆にどうするべきか聞いていい?」
素早い倖多からの切り返しに、俺はなにも言えなくなった。
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