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登山が終わり、広場での自由時間を終えた俺たちは、再びバスに乗って今度は宿舎へ移動した。

Sクラスから順に宿舎へ向かい、宿舎に到着した順番で風呂に入る時間が与えられている。

生徒会役員の俺たちに与えられた時間は最終で、一番最後に生徒会役員全員で宿舎に向かった。


宿舎に到着すると、生徒会役員用に用意されていた3つの部屋に、それぞれ2人ずつ入室する。
会長と副会長が入っていった部屋の隣に俺と祥哉先輩が入り、その隣の部屋にりゅうと杉谷くんが入った。


持ってきていた旅行バッグはちゃんと部屋に届けてもらえており、鞄の中から着替えやタオルを取り出す。


「早くお風呂入りたいですね。足が土とか砂でどろどろなんですけど。」


祥哉先輩に話しかけながら靴下を脱ぎ、ウェットティッシュで足を拭いていると、何か言いたげな顔をして祥哉先輩が俺に視線を向けてきた。


「ん?先輩?どうしました?」

「…いや、新見と一緒に風呂に入って良いものかと思ってな。」

「はい?何言ってるんですか?大浴場でしょ??」

「そう。だから一緒に風呂行くと隆に怒られるんじゃないかと。」

「いや、意味がわかりませんよ。大浴場ではみんな一緒にお風呂入るんですよ??」


なんでそんな部分でりゅうに気を遣ってるんだ、と祥哉先輩に対して思いながら、「もうお風呂行っちゃいましょ?」と着替えを持って立ち上がると、「あ、あぁ。」と頷いてのろのろと立ち上がる祥哉先輩。


部屋を出て、大浴場に向かおうとしたところで、祥哉先輩は立ち止まり、「やっぱり俺、隆呼んでくる。」と来た道をUターンしていった。


俺はその場で呆気にとられながら、祥哉先輩が戻ってくるのを待つ。


しかし数分後、祥哉先輩では無くりゅうだけが俺の元へ着替えを持ってやって来た。


「祥哉と杉谷ももう少ししたら来るって。」

「あ、そうなんだ。なんか祥哉先輩に気ぃ遣われたんだけど。」

「みたいだな。倖多の裸見ちゃいけないと思ってんのかも。」

「はぁ?なんだそれ。」


俺は女か?と思いながら呆れて笑い声を漏らすと、りゅうもつられたように笑う。


「まぁいいや、早く風呂行こ。」

「うん。」



大浴場の脱衣場では、風呂から上がったばかりの生徒が数名、身体を拭いたりパンツ一丁で悪ふざけしている姿があった。

俺とりゅうが脱衣場の扉を開け入って行くと、ハッとした表情になり、そそくさと服を着て俺たちを横目に脱衣場を後にする。

なんなんだ、その反応は。まさかのここでも気を遣われているのか?


シーンと静かになった空間で、俺とりゅうは着ていた体操服を脱ぎ始めた。

寧ろ気を遣われてりゅうと二人きりにさせられたことの方が俺としては困るかも。

徐々に身に付けていた衣類が無くなっていき、お互いの肌が露出した状態に、俺は変にドギマギしてしまい、パンツを脱いでささっと腰にタオルを巻き、「先行ってるな。」と風呂場へ向かった。


なんで全裸になるだけでドギマギしないといけなくなるんだ、おかしいだろ。

そんな気持ちを振り払うように、風呂場へ行ってまず桶にお湯を溜め、頭からバサッとお湯を被った。


さっさと身体を洗ってしまい、りゅうが頭を洗っている間に湯船に浸る。


「あーきもちー…。」


ふぅ、と息を吐きながら、足を伸ばす。
疲れが一気に吹き飛ぶ心地良さである。

貸切状態の広い湯船で、ぼんやりしながら髪の毛の泡をシャワーで洗い流しているりゅうをなんとなく観察してしまった。

前髪を後ろに流すようにお湯をかけ、髪を洗い終えシャワーのお湯を止めている。

椅子から立ちあがり、振り返るりゅう。
その瞬間、俺はサッと慌てて視線を逸らした。


「おーやった、倖多と貸切状態だぁー。」


無邪気にそんなことを言いながらりゅうが湯船の中に入ってくる。
俺の隣の、トン、と肩がぶつかるほど近い距離で腰を下ろしたりゅうに、思わずビクリと肩が震えた。


恋人のフリをしているとは言え、今は二人きり。友人と接するような態度を取ればいいのに、登山中に祥哉先輩と話した内容が頭から離れなくて、変にりゅうを意識してしまう。


「いつにも増して肌がツヤツヤだな。」

「……は?…肌?」

「風呂一緒に入るってなんか新鮮〜。」


…肌がなんだって?


突然かけられた言葉に、隣のりゅうへ視線を向けてしまうと、りゅうは俺の頬をジッと見ていた。


そして、その後何故だかゆっくり俺の顔に近付いてくるりゅうの顔面。あれ…、この感じはもしかして。

頭で考えている間に、チュッ、と数秒間唇を重ねられ、キスされる。


何故二人きりの今、キスをするんだ…。


りゅうの唇が離れていったあと放心状態となった俺に向かって、りゅうはニッといたずらが成功した子供のように笑って口を開く。


「今日倖多とまだキスしてなかったから。」

「なんだそれ、1日1キッスするてきな感じの決まりでもあるのか。」

「ははっ、それいいな。」


りゅうはそう言って、楽しそうに笑った。

前髪がオールバックになっており、りゅうの端整な顔立ちがより際立って見受けられる。

一緒に風呂に入ることで、普段見ないりゅうの姿を見ることができ、確かにちょっと新鮮だ。

俺の知らないりゅうの姿が、まだまだたくさんあるだろう。俺はりゅうのことを、まだまだ知らなさすぎるんだ。





隆と杉谷の部屋を数回ノックし、バタンと扉を開けると、二人は荷物を漁ったりスマホをいじったりと互いに別々のことをしていた。


「隆!新見が風呂行くって言ってる!」

「は?」


ズカズカと遠慮なく部屋に入りながら隆に伝え、「早く風呂行く準備しろ!」と今すぐ隆を大浴場へと向かわすために準備をさせると、隆は慌ててボストンバッグの中身を漁り始めた。


「俺がさっさと空気読んでるうちに二人で風呂行けよ!俺と杉谷も少ししたら行くから。な!」

「…え?…あ、はい!」


杉谷も空気を読んだように頷き、隆は着替えを鞄の中から出して駆け足で部屋を出て行った。


「新見と二人で勝手に風呂とか行ったら絶対あいつに後から何か言われそうだしなー。」


隆が部屋を出て行き、独り言のように俺はそんな小言を呟くと、杉谷も「あー…。」と苦笑しながら頷く。


「瀬戸先輩今日めちゃくちゃ不機嫌でしたよ。」

「あ、まじで?あいつ俺にまで嫉妬するからな。でも俺は悪くねえしなー。文句言うなら副会長に「俺がなんだって?」…うわ、びっくりした、どうしたんすか?」


丁度副会長の名を出した時、背後から口を挟まれ、振り向けば副会長と会長が部屋の入り口で立っていた。


「風呂行こうかって誘いに来たんだけど。あいつらは?」

「あー、先に行かせましたよ。」

「なんだよあいつらー、先輩置いてさっさと行くなよなー。」


え、うわ、まずった?
先に風呂へ行ってしまった新見と隆に、副会長は不満そうだ。


「まあいいや、二人も早く支度しな。」

「あっはい!」


副会長からの風呂の誘いに、杉谷は慌てて風呂へ行く準備を始めた。



脱衣場で着ていた体操服を脱ぎ、大浴場へ足を踏み入れると、浴室はとても静かだった。


「あれ?」


隆と新見は?まさかもう風呂から出たか?

さすがに早すぎだろ、と浴室内を見渡すと、湯船から二つの頭が並んで出ていることに気付く。


「あ、いた。」


俺の声に、頭が一つ振り向いた。
しかし俺の姿を見て、すぐに視線を逸らすのは新見だ。
その後数秒遅れに振り向いてきた隆に、「前隠してくれ。」と注意された。


「なんでだよ、いいだろ別に。」

「祥哉の無駄にデカイんだよなぁ。」

「見てくんな。」

「見せてんのお前だろ。」


そんな軽口を隆と叩きながら、シャワーの前に腰を下ろす。俺に続いて杉谷と会長、副会長も浴室へと現れた。


「おいおいカップルー、お前ら二人でさっさと風呂行ってんなよ。」


前を隠さず堂々と歩きながら、湯船に浸かっている二人に向かって茶化すように文句を言う会長に、新見は苦笑しながら「すいません…。」と謝罪した。

それに続いて副会長も、「先輩置いて先行くなんていい度胸してるな。」と冷めた口調で言いながら二人を見下ろす。


「…あ、すみません。」


それに対してやはり謝罪するのは新見のみ。

隆はと言えば、会長と副会長が現れても気にせず「あ〜きもち〜。」と機嫌良さそうに湯船の中でリラックスしている。こいつはなかなかにいい度胸していると思う。

副会長は、そんなリラックスモード全開の隆の頭を新見がいる方向に向かってグッと押しつけた。


「ぶへっ!!」

「うわっ!!」


二人揃って湯船の中でひっくり返っている隆と新見を見て、副会長は満足気に笑っていた。
大人気ないぞ、副会長。とは口には出さずに心の中で留めておこう。


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