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宿泊学習当日。


「…うぅ…。きもぢわるい…吐ぎぞう…。」

「ちょっ、祥哉先輩大丈夫ですか!?ビニール袋持ってます!?あっ!俺の服の上に顔向けないでください!吐くならビニール袋の中に!」

「…おえっ。」


1年Cクラスの生徒が乗るバスの最前列の席に、彼らは生徒たちからの注目を集めながら座っていた。

ランダムに生徒会役員がバスに乗り込んでくるかも、と聞いていたが、この二人だったか…。と、生徒会長や副会長が乗り込んでくることを期待していた生徒は内心がっくりと肩を落としていた。

しかしバスが発車して数分後、彼らの様子を眺めるのが面白すぎる…、と、Cクラス一同二人の様子に夢中だった。


自身の胸元で吐かれては困る!と、倖多は祥哉の顔面をビニール袋で覆った。


バスに乗る前、「朝練をしたあとプロテインを飲んだ」と意気揚々と語っていた祥哉に、倖多はこれから長時間バスに乗るのにプロテインなんか飲むなよ!と言いたい気持ちをグッとこらえ、「これから登山するのに朝練までしてきたんですか、頑張りますねぇ。」という無難な感想を告げた。


自分なら、バスの中で気持ち悪くなって吐いてしまいそうだ。と思っていた倖多だがその予想は見事的中し、気分悪そうに倖多の肩に寄っかかってくる祥哉に、倖多はほら見ろ。とこっそりため息を吐いた。
が、相手は先輩。 心配するそぶりを見せながら、倖多は祥哉の背を撫でる。

ビニール袋を祥哉の口元で構えた倖多に、祥哉が苦しそうにしながらも口を開く。


「…今、吐いたら、せっかく飲んだ…プロテインが…っ」

「いいから早く!吐いて楽になりましょう!」

「…プロテ…、イン…が…っオエェエッ!」


苦しそうな声と共に、無事ビニール袋の中にリバースした祥哉を、1年Cクラス一同笑い声を漏らすのを我慢して、肩を震わせて笑っていた。


「よくできましたよ、祥哉先輩。お水飲みます?口元汚いので拭いてから飲んでください。あと帰りのバスはちゃんと酔い止め飲んでくださいね。」

「…おう、いろいろ悪いな、新見ちゃん…。」

「いえ。もうバスに乗る前にプロテインは飲んじゃだめですよ。」

「…それは、わからん。」

「おい。」

「ブフッ…」


とうとう我慢できずに吹き出してしまった生徒も居るようで、バス内は堪えるような笑い声に包まれながら、目的地へと向かうのだった。





1年Cクラスが乗るバスに乗り込んだ倖多と祥哉の後ろ姿を眺めながら、隆は浮かない気分で1年Bクラスが乗るバスに杉谷と共に乗り込んだ。


隆がバス内に現れた瞬間、ドッと盛り上がるバス内。「瀬戸先輩だ!」と喜ぶ生徒に、隆は「どうもーお邪魔します。」と繕った笑みを浮かべて窓際の前列の席に座った。


「やっぱり瀬戸先輩は人気ですねー!」


隣の席に座った杉谷に話しかけられながらも、隆は「あー…。」と気の無い返事をしながら視線は窓の外へ。

隣に並んだバスの中の様子が気になり、隆はジッと中の様子を窓から眺める。

隣のバスからこっちを見ている隆の存在に気付いた1年Cクラスの生徒にジロジロと視線を向けられているものの、隆はある一点にしか興味がないようでジッとそこを見つめている。


それに気付いた杉谷も、隆の視線の先を追うと、そこにはバスの最前列に座った倖多と祥哉の姿が。


「…やっぱり恋人が気になっちゃいますよねぇ。」


ボソッと隆に話しかけた杉谷に、隆は視線はそのままに「うん、まあ。」と頷いた。


自身の偽の恋人でありながら、すっかり倖多に対して執着心を抱いてしまっている。

自分の感情にとっくに気付いている隆は、近頃倖多との“偽の”恋人関係に、なんだか嫌気がさしてきていた。





バスは数時間で目的地に到着し、俺たちの旅行バッグだけを乗せたバスが宿泊先へと向かい、俺たちは登山する山の近くで降ろされた。


「さあ、登山するぞー!」


バスの中ではバス酔いでグダグダになっていた祥哉先輩も、バスから降りて山を見た瞬間ピンピンと張り切った様子で体操服のジャージを腰に巻き、半袖姿になっている。


学年ごとに違う色のジャージなため、1年の色である紺色のジャージを着た生徒だらけの中、臙脂色のジャージを身にまとった祥哉先輩はただでさえ目立ちまくりなのに、さらに目立ってしまっていた。


「マイペースですねぇ先輩は。てか自分が吐いたゲロは自分で処分してくださいよ。」


はい、と俺が持っていた口を頑丈に縛ったビニール袋を祥哉先輩に差し出すと、祥哉先輩はそれの存在に忘れていたようで、「おお悪かった悪かった。」とゲロ入りの袋を受け取った。

祥哉先輩とそんなやり取りをしていると、別のバスから降りてくる臙脂色のジャージを着たりゅうに気付いて手を振る。

が、りゅうから手を振り返されることはなく、りゅうは不機嫌そうな表情でこちらに歩み寄ってきた。そして、その後に続く杉谷くん。


「お疲れ。りゅうはバス酔い大丈夫だった?」

「…おー。」


りゅうに話し掛けると、何故かそっけない態度で頷かれるだけだった。どうしたんだろう?とりゅうの態度に不思議に思っていると、祥哉先輩が会話に加わる。


「俺せっかく飲んだプロテイン吐いちまったわ。もったいねー。」


そう言って手に持っているビニール袋をプラプラと揺らす祥哉先輩。


「ちょっと先輩、ゲロ入り袋振り回さないでくださいよ。あ!あそこにゴミ箱ありますから!早く捨ててきてください!」


俺は、数メートル先にあるゴミ箱に気付き、祥哉先輩の背を押しながら先輩をゴミ箱へ促すと、祥哉先輩は「ゲロゲロ言うな。」と俺の頭を軽くポンと叩いてきた。

勿論痛くはない祥哉先輩の手の感触に、今日だけですっかり祥哉先輩と打ち解けられたなぁ。と思っていると、不意に背後からグイッと誰かに腕を掴まれ、振り返れば俺の腕を掴むのはずっと不機嫌面だったりゅうだ。


「ん?りゅうどうした?」


祥哉先輩がゴミ箱へ向かっていった姿を見送り、りゅうの方へ向き直ると、りゅうはゆっくりと俺の腕から手を離した。


「…俺は倖多が一緒じゃねえとつまんねーのに、倖多は楽しそうでなんかモヤモヤする。」


ボソボソと小さな声で控えめに言われたりゅうの言葉に、俺は反応に困って狼狽えた。


「…え、俺楽しそうだった?隣で先輩にゲロ吐かれたんだけど。」


そう言いながらチラッとゴミ捨て場へ向かった祥哉先輩に視線を向けると、先輩はゴミを捨ててから再びこっちに戻ってきた。


「ゲロちゃんと捨てれました?」

「だからゲロゲロ言うなって!」


おちょくっているわけでは無いが、ゲロという単語一つに敏感に反応する祥哉先輩が面白くてクスリと笑ってしまうと、そんな俺を前にしたりゅうがみるみるうちに唇を尖らせ、拗ねたような反応を見せている。


あれ?これってもしかして俺と祥哉先輩が仲良くすることに対して拗ねてる?


俺はそんな考えを浮かばせながらこっそりと横目でりゅうの様子を観察していると、深緑のジャージを身にまとった副会長が俺たちに向かって手招きしている姿に気付いた。


「おーい、お前らこっちこっち。」


見れば会長と副会長はすでにバスから降りていたらしく、生徒たちの集合場所の端の方で待機している。


1年である俺と杉谷くんだが、今日は生徒会として活動するため、ほとんどクラスに混じることは無い。


会長と副会長が待機していた場所に俺たち4人合流すると、「フラフラしてんなよ。」と副会長に怒られた。この人いつでも厳しいな。


「山に登っていく順番は1年Sクラス、Aクラスのあとに隆と杉谷、Bクラス、Cクラスのあとに祥哉と新見、Dクラス、Eクラスのあとに俺と秀が続くからな。」


バスから降りてきた生徒を並ばせている教師たちの隣で、副会長の説明を聞く俺たち生徒会役員。


ここでも俺と祥哉先輩、りゅうと杉谷くんという組み合わせに、りゅうは浮かない表情で頷いていた。


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