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「…うわ、俺しくじったわ…。」


副会長が立ち去った後、会長が悔しそうな表情で髪をガシガシと掻きむしりながら呟いた。


「え、なにをしくじったんすか?」


俺のその問いかけに、会長は暫し黙り込む。

言おうか言うまいか…というようにチラチラ俺に視線を向けながらも、その後「…悠馬に言ったこと。」とボソボソと俺の問いかけに答える会長。


「いや、別に会長しくじってないでしょ。」


俺が会長に頼んだから会長はああ言ってくれただけであって。何を落ち込んでるんだと思いながら会長を見ていると、会長は「…とりあえず一緒に飯食わねえ…?」と控え目に誘ってきた。


「…あー、そうっすね。ったく、倖多なにやってんだよ。飯食う時間無くなっても知らねえぞ。」


会長に返事をすると共に、倖多に対する小言も漏らす。

倖多が副会長を追いかけてったことにイライラしてたまらない。なんで倖多が副会長を追いかける必要があるんだよ。


イライラしながら俺は会長と共に食堂で昼飯にありつくと、会長は昼飯に手をつける前に俺に話しかけてきた。


「…隆は、新見がマジで好きなんだな…。」


ちょっと元気無さげで、悲しそうな様子の会長に、どうしたんだろうと思う。俺の知ってる会長は、いつもハツラツとした人で、こんなに自信なさげに話す会長は見たことがない。


「あー…はい、好きっすね。」


俺は会長にそう返事をしながらふと思う。

ああ、そうだ、俺倖多のこと結構マジで好きになってきてる。

だってあまりに口からその言葉がサラリと出てきた。これは、割とマジな俺の本心なのかも。


そんな俺の返事を聞いた会長が、また悲しそうにしている。なんなんだろう。変な会長。ちょっと居心地が悪い。


数分間、重苦しい沈黙の中、飯を食べ進める。


「…なあ隆、…悠馬がやってることは、俺のためかもしれん…。」

「はい?」


唐突に沈黙を破った会長の発言に、思わず聞き返してしまった。

すると気まずそうな顔をして、会長はまた黙り込む。でもまたすぐに、徐ろに口を開く会長。


「…新見にちょっかいかけるってやつ。…多分俺のためだわ。」

「…えぇ?なんでっすか?」

「………俺が隆を好きだから。」

「…あ、…そうなんすか。」


いや、そうなんすかじゃねえだろ俺。

今かなり驚きのことを言われた気がする。


突然ぶっ込んで来た会長の告白に俺は唖然。

会長の耳はほんの少し赤く色付いており、え、会長マジなのか?と俺は言葉を失った。


「…だから、その…、俺の気持ち知ってる悠馬が俺を助けてくれようとしたのかもしんねえんだよ。」

「………へー…。」


え、助けるって?つまりはなんだ、副会長は俺と会長の仲を取り持とうとでもしていたわけか?俺と倖多の邪魔をして?


……おいおい、会長女々しくね?


しかしここでこんな本音を漏らしてしまうと会長は更に落ち込んでしまいそうだ。俺は口に出すのをグッと堪えた。


「…俺は会長なんかやってるけど、人前に立てるほど出来た人間じゃねえんだよ。今まで悠馬に助けられながら過ごしてきたんだ。あいつが居なかったら俺は、こんな風に高校でやっていける自信が無い。」


昼食にも手を付けず、会長はずっと不安げな表情で話している。

これどう返事をすればいいんだ。

俺は高校に入学した時から今までずっと会長に頼ってきたし助けられたりしたし、俺にとっては頼りにしてる先輩だけどな。

でも俺が今そう言って励ましたからって会長の不安は拭えないだろう。だって会長がこんな風になってんのは副会長が原因だから。


「すごいっすね副会長。会長のこと好きなんじゃないですか?」


返答に困り果て何気無く、もぐもぐとカツ丼を食べながら口にした俺の言葉に、会長は目を見開いて固まった。


…いやてきとーに言っただけだけど。

まあいいや、そういうことで。


「会長早くうどん食わないと冷めますよ。」

「…あ、あぁ…。グホッ!」


会長が全然目の前のうどんに手を付けないから心配になって声をかけると、慌ててうどんを食べ始めた会長は、一口目でいきなり噎せた。


…おいおい会長大丈夫かよ…。


「…あー…もう最悪だわ。隆の前ではかっこいい先輩で居たかったのに。」

「まあ元気出してくださいよ。会長には副会長が居るじゃないですか。付き合うなら素を見せられる相手が良いっすよ。」


って俺結構最低な奴だ、自分が会長の気持ちに応えられないからって、会長と副会長が仲良くやってりゃいいのにって思っている。


すげえ無神経なことを言ってるかもしんねえけど、会長は俺の言葉に「…そうだな。」って少しだけ穏やかに笑った。


「てか会長子供っぽいところあるなぁって前から思ってたんでもう手遅れかと。」

「………まじで?」





「なんで新見が追いかけてくんの?すげえ惨め。隆んとこ戻れよ。」

「惨めだと思うのならもうやめましょう?無意味ですよ、副会長のやってることは。」

「ハッ、お前何様?新見のその余裕ぶっこいてる態度むかつくんだけど。」

「余裕ぶっこいてません。俺の正直に思ってること言っただけです。」


真っ直ぐに俺の目を見ながら発言してくる新見のその態度が余裕に見えてむかつくのだ。

…自分自身が今余裕が無いから余計に。


秀に言われたことに予想以上に傷付いて情けない。誰のためだと思ってんだ、と勝手な自己満足を秀に押し付けてしまいそうになって、そんな自分が嫌になる。


「…そういや今朝新見俺に喧嘩売ったよね。俺と秀にわざと隆とのキス見せたでしょ。」


平静を装うために、新見にそんな話題を振る。


「あそこでキスしてって頼んだらりゅうノリノリでキスしてきましたよ。会長の反応はどうでしたか?凹んでましたか?」

「…性格悪いね。秀が凹んでたらお前は心ん中で笑ってんだろ。」


淡々とした態度で話す新見が憎い。
だんだん俺は、こいつの苦痛で歪む顔が見たくなってきた。

どうにかしてこいつを痛い目に合わせられないだろうか。だなんて考えている俺の方が性悪だ。


そんな俺を前にして、新見は変わらず冷静な態度で話をするから、俺の余裕がどんどんすり減ってくる。


「俺は、副会長が凹んでる会長を慰めてあげたんだろうなぁって思ってましたよ。副会長は会長思いの優しい人です。会長だって副会長の存在には救われてるはずですよ。副会長は会長のことばかり気にしてないで、そろそろ自分が報われる努力をしましょうよ。」

「…まじで何様?…偉そうに…。」


新見にそんなキツイ言葉を吐きながらも、目には涙が溢れてしまい、情けなくも涙で視界がぼやけてくる。


そりゃあ誰だって自分が一番報われたい。

でも俺はそんなのとっくに諦めている。

秀と俺は付き合いが長すぎるから、恋愛に発展する雰囲気なんて少しもない。

自分のことはすっかり諦めていたから、秀のためになることをすることで、俺は満足してる気になっていたのだ。


新見に言われた言葉が胸に突き刺さる。


『そろそろ自分が報われる努力をしましょうよ。』


…報われるのならとっくにやってるよ。

新見に言い返したいのに、流れてくる涙が邪魔をして今は口を開けない。口を開けても、後輩を前にして嗚咽を漏らしてしまいそうで、恥ずかしくて顔をあげられない。


そんな俺に、新見は遠慮気味に声をかけてきた。


「…偉そうに言ってすみません。…副会長、これ、使ってください。」


申し訳無さそうな顔をして、ハンカチを俺の手元に差し出してくる。

この子はどこまで俺を惨めな気持ちにさせるのだろう。新見の言ったことは偉そうだけど全部俺のために言ってくれたことだ。


俺が、新見の言ってくれた『会長思いの優しい人』なら、新見は“人を思える優しい人”だろう。


差し出されたハンカチを無言で受け取り、チラリと視線を交わすと、新見はぎこちない笑みを見せてくる。


「…じゃあ、新見に聞くけど…、俺が報われるには何をすればいいの?」

「…えっ。…んーと、……それは、えぇっ…。」


涙が止まって、俺は新見にそう問いかけると、新見は俺の問いかけに答えられずに困っていた。


そんな様子の新見に俺は、ほんの少しだけ気分が晴れて、やっぱり俺って性格悪いなって思った。


自分自身が報われるには、

一体どうすれば良いんだろう。

自分のために、少し考えてみようと思う。


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