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時刻は午後7時過ぎ。
りゅうと夕飯を約束した時間だ。
結局俺は昼食を摂らずに今の今まで仮眠を取ってしまった。もはや仮眠とは言わないレベルである。
適当にパーカーを羽織り、ジャージを穿いて部屋を出る。
驚くことに、りゅうは俺の部屋の階で待ってくれていた。
「倖多くーん会いたかったよー!」
「…え。なにそのノリ…。」
りゅうはこちらに向けて両手を広げ、俺が歩み寄るのを待った。
「バカ、それ言うなって。ここは素直にハグをされるシーンだぞ。」
「誰もいないんだしやる必要ないと思うんだけど…。」
「…まあそうだな。」
「早く飯食いに行こーぜ。」
「…倖多、ナチュラルにタメ口だな。」
「え、りゅうがそうしろって…」
「あ、うんそうだけど。もっと躊躇うかと思ってたから。いいね。自然な感じ。」
「…だって、早く仲良くなりたいじゃん。」
「……………え?」
俺の台詞にりゅうは驚いたようにキョトンとした表情を浮かべた。そんなに意外な発言だっただろうか。
そりゃ最初は、いきなりなんだこの人、って思ったけど。恋人のフリって、はあ?って思ったけど。でもちゃんとそこには意図があったから。
素直に仲良くなりたいって、俺は思ったのだ。
「だってさ、俺まだ友達いないんだぞ?中等部からの持ち上がりな奴ばっかでグループできてるっぽいしさ、話しかけられてもなんか下心含まれてそうだしさ、…ぶっちゃけ今りゅうだけが頼り。」
…と俺は思うままのことをりゅうに告げると、りゅうはとても嬉しそうに、破顔した。
「そっかそっか。頼れよ、いっぱい。あ、そうだ。あとでアドレス交換しよ?」
「いいよ、飯食ったらね。」
俺とりゅうはそんな約束をしながら食堂へと足を進める。
すでに廊下を歩いているだけでチラホラと視線を感じることには気づいていたが、食堂へ足を踏み入れれば、その視線は桁違いに俺たちへと突き刺さった。
「うわうるさっ!」
「…ははは。」
顔をしかめる俺にりゅうは、こんなうるささには慣れているようで苦笑している。
やはりそこには、俺とりゅうの関係を噂する者たちでいっぱいだった。
なるほど……食堂へ来るのは危険だな。うるさくて食事どころでは無さそうだ。
自炊、しよっかな…
と、部屋に立派なキッチンがあるのを思い出して、そんなことを考えていた。
食堂のメニューはどれも美味しそうで迷ったけど、俺は一番大好きなオムライスを注文した。
あ、りゅうの奢り。よっしゃ!
嬉しい。ふわっふわでとろっとろな卵の乗ったオムライスだ。最高である。
うるさい食堂内だがそこはグッと我慢し、夕食を食べ終わった生徒が譲ってくれた席で、俺とりゅうの食事がはじまる。
「なあ、倖多オムライス好きなの?」
パスタをくるくると巻きながら問いかけるりゅうに、「うん」と頷く。
「めっちゃすき。」
「ふぅん、覚えとく。」
「え、なんで?」
「倖多のこといろいろ知って、関係を怪しまれないようにするんだよ。」
「へえ。…ま、別に怪しむもクソもないんじゃね?実際付き合ってんだしさ?」
オムライスを一口分スプーンで掬い取り、口に含む前にニヤリと笑ってそう言ってみれば、りゅうはパチリと驚いたように目を見開いたあと、俺と同じようにニヤリと笑った。
「ああ、そうだった。実際付き合ってんだしな?」
「そうそう。堂々としとかねーと逆に怪しい。」
「さすが。倖多言うことが違うねえ。」
「…いや普通だろ。」
妙に俺を持ち上げて話すりゅうをジトリと睨み上げると、りゅうは何故か俺を見てクスリと笑い、俺の頬に手を伸ばした。
「ん?」…とりゅうの一連の動作にキョトンとしていると、その後りゅうは、俺の背筋を震わせるような行動を取ったのだった。
「ついてんぞ。」
そう言って、頬についていたのであろう米粒を指で掬い取り、ペロリとそれを口に含んでしまったのだ。
「…げぇっ…。」
「顔顔。もっと照れた顔しなきゃ。」
「いや無理っしょ。」
「今のはかなり、恋人っぽかった。」
「お前楽しんでねえか!?」
俺の盛大な突っ込みに、りゅうは楽しそうにケラケラ笑ってから、パスタを再びくるくると巻き始めた。
そうやって、周囲の騒がしい会話など気にせずりゅうと会話をしながら食事を進めていると、突然さらに食堂内が騒がしくなり、俺はビクリと肩を弾ませた。
「なに!?超うっせえ!」
「うわー…まためんどそうなのが…。」
目の前のりゅうは何故か疲れたようにため息を吐いた。
「りゅーうー。」
騒がしい原因が、俺たちの元へ歩み寄ってきた。いや、正確にはりゅうの元へ。
りゅうの名を呼びながら歩み寄ってくる男には見覚えがある。って言っても入学式の時チラリと遠目で見ただけだけど。
生徒会長だ。あ、多分。
「うっす。」
ぺこりと頭を下げるりゅうは、生徒会長と知り合いか?
俺はパクパクとオムライスを堪能しながら、大人しく様子を見守る。
「なんだよーさっさと帰ってったと思ったら恋人連れて夕飯か?」
…とここで生徒会長はチラリと俺に視線を向けた。
俺は丁度大口開けてオムライスを口に入れようとしていたところだったので、突然のことに大口開けたままカチリと固まる。
「へぇー、君が新見 倖多くん?」
そして今度は生徒会長の背後からやってきた男も俺を見るなり声をかけられた。
俺は仕方なく、口に入れようとしたスプーンを皿に置いて、「あ、はい。」と返事をする。
「いつから隆と付き合ってんの?」
そして次にそんな質問をされ、俺は再びカチリと固まった。…もう広まってんだ、その情報。はやい、早すぎる。
いつから?…えっと、さっきから。
…って言って大丈夫なわけ…?
りゅうを見ると、りゅうの口元は見事に引きつっていた。
「内緒です。」
暫し悩んだ末、俺はそう返事する。
「えぇ?なんで?」
「りゅうとのこと、あまり人に話したくないんで。」
「あ。そうなの?でももう凄い広まってるけど。」
「そうみたいですね。驚きました。だから尚更、りゅうとのこと無闇に人に話して噂されたくないです。」
俺はそう言って、再び食事を再開させる。
ちょっと失礼な態度だっただろうか?
いやでも俺はこの人を誰だか知らないし、誰だか知らない人からの質問に答えただけでも十分ではなかろうか。
そんな態度の俺に相手は、「へえ。クールだねぇ。」と俺をマジマジと見つめる。
生徒会長も、男と会話をする俺を観察するように眺めていた。
俺はそんな視線を気にしないようにして、最後の一口を口に含み、りゅうを見る。
「りゅう食べた?」
「あ、うん。」
「じゃあもう行こ。お先に失礼します。」
俺はりゅうの返事を聞かずに立ち上がり、生徒会長ともう一人に会釈してそこから立ち去った。
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