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『たくさんの男がお前を舐め回すように見てくるんだ。付き合ってください、って告白されるだろうな。話したこともないやつに好きです、って言われるだろうな。ひどけりゃ突然キスされるってこともあるかもな。ノンケなお前にはきっとたまんねえだろうなあ。』
先輩が言った言葉を、俺は思い返して考える。
そして、感じた違和感…きっとそれは、
「先輩も、俺と同じ境遇だった…?」
どうも先輩の話し方に俺はそういう風に聞こえてしまい、多分それで違和感を感じたのだ。
「物分かりが良くて助かる。ついでに言うと、俺もノンケで高等部からの外部入学だ。」
「……そうだったんですか。」
いや、だからと言って先輩が何故こんなことを言い出すのか、俺にはさっぱりわからない。
ああ、もうわけわかんねえ……。
まとまらない頭ん中に俺は考えることを放棄して、その場でぼーっとしていると、先輩はまた話し始める。
「今俺が言ったことを踏まえた上で、この簡単なお仕事がお前にとって迷惑か、考えてみてほしい。」
簡単なお仕事……つまりそれは、この人と恋人のフリをするということ。
「……ひょっとして。……男除け?」
考えた末行き着いた俺の考えに、先輩はにっこりと笑った。
「大正解。……どう?引き受けてくれる気になった?」
先輩に聞かれ、やっぱりまだ渋ってしまう。確かに男除けという理由でこの人と恋人のフリをするのは悪くない。
けれど渋ってしまう点は別にある。
「……けど。先輩…人気者なんじゃないんですか。」
「…ん?だから?」
「だから…ええっと、…その、人気者に恋人がいるっていう設定は大丈夫なんですかね。…俺、睨まれんのはごめんですよ。」
その渋ってしまう点を先輩に話すと、先輩はクスリと笑った。
「大丈夫大丈夫。一応こっちは新入生の資料見て、その問題は心配無用な生徒を選んだつもり。」
「…はあ。そうですか。」
……え、どゆこと……?
「まず優先的に選ぶのは容姿端麗の奴の中から。あんまり顔面ひどい奴じゃ俺の親衛隊に多分消される。」
「…しんえ?…えっと…」
「まあ親衛隊の話はおいおいな。」
「あ、はい…」
「次に学業優秀。優れている人間にこそ、ここの生徒は頭が上がらない。だから倖多、お前ほどこのポジションを担える生徒はいない。」
「…え、いや…」
それこそ別に俺じゃなくても……
つか容姿端麗とか………。
俺のこと持ち上げすぎ。
「…まだなんか納得できないところある?」
「…あの…俺、普通の高校生です。勉強は得意ですけど。その…容姿淡麗…とか言われても困ります。
もっと他にいるんじゃないですか…先輩の恋人役に相応しい奴。」
俺がそう言うと、先輩はまたクスリと笑った。
「やっぱ倖多以外考えらんねえな。」
先輩は笑顔でそう言って、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
「…もう…いいです。好きにしてください。」
なんか、考えるのめんどくさくなってきた。いいや。もう。超イケメンの男除けゲットって気楽に考えよう…。
そう思って、俺は「はぁ…。」と今日何度目かになるため息をつく。
相変わらず先輩は俺を見て笑っており、なんだよ、笑うな、と先輩をジトリと睨む。
「いいね。お前。話しててますます気に入ったよ。」
「…そうですか。それは良かった…。」
「自信過剰な奴はお断りだし、媚び売ってくる奴も無理。俺だって普通の高校生の方がいい。言っただろ?俺ノンケだって。」
「…ああ、言いましたね。」
「恋人役っつってもさ、こうやって2人の時は普通の友達みたいな感じで気楽に話してくれればそれでいいんだよ。」
「……普通の、友達?」
「そう。普通の友達。」
その言葉は、俺にとってなによりも魅力的な言葉だった。
だって俺はつい先程、まともに友達を作るということを諦めたのだ。
「それは…とてもありがたいです。俺、…友達欲しいです。」
「うん。決定。表は恋人。裏は友達。異論ある?」
「………あ、これ。これは返します。」
俺はそう言って、もう一度先輩に1万円札を押し付けた。
しかし先輩は、それを受け取ろうとはしてくれない。
「こんなもの貰って、友達にはなれないです。」
けれど俺がそう言って、さらにグイッと先輩の胸元にそれを押し付けると、先輩はふわりと笑って、ようやく1万円を受け取ってくれた。
「…そうだな。…じゃあこうしよう。…これで、入学祝いにご飯ご馳走してあげる。」
「…はい!」
先輩のその言葉がなんだかとても嬉しくて、俺はここへ来て初めての笑みが溢れたのだった。
「あ、そう言えば名前まだ言ってなかったよな。俺、2年Sクラス、瀬戸 隆(せと りゅう)。隆って呼べよ。あ、呼び捨てな。」
「…りゅう。」
「そうそう。間違っても瀬戸先輩とか言うなよ?恋人同士なんだから。」
「……ええと…。わかりました。」
「あ、敬語もNG。」
「えっ…それは……。」
先輩、…改め、りゅうの言葉に、俺は少し戸惑った。先輩を呼び捨てで呼ぶということにも抵抗があるのに敬語もダメだなんて。
けれど戸惑う俺にりゅうは言う。
「友達になるんだろ?よそよそしいのは無しで行こうぜ、倖多。」
そう言って俺の名を呼ぶりゅうは、口が上手いと、俺は思った。友達…という言葉に弱い俺は、りゅうの言葉に頷くしかない。
「…りゅう。…よろしく。」
「うん。倖多、よろしくな!」
こうして俺の高校生活、
そして、
りゅうとの関係がスタートした。
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