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入学式が終了し、その後クラス写真撮影と今後の予定を担任から聞かされたりするHRのみでその日の学校は終了した。とても疲れた。はぁ…。

早くお家帰ろ……じゃなくて、寮でした。俺が帰る場所は寮でした。…ああ、ホームシックになっちゃってる。


昨日入寮したばかりでまだまだ不慣れの学生寮。坊ちゃん校だけあってその設備はすげえんだ。とにかく綺麗、広い、快適。俺は特待生で一人部屋だから、その感動も二倍。

別にここまで広くなくても綺麗でなくてもいいとは思うが、一人部屋なのはとても嬉しい。

同室がいるだなんて考えただけで息が詰まる。更にその人が俺のことタイプだ、とか言い出したらと思うと……ああ、余計なことを考えるのはよそう。自意識過剰にも程がある。俺はそもそも男に好かれるほどの魅力はない。女の子にはモテたけど。おっと余談でした。


さて、帰ろ…と、鞄を持ってのろのろと立ち上がろうとすると、なんだ。なんだ。クラスメイト数名に囲まれてしまい身動きが取れなくなってしまった。



「……え、……なに?」


げっそりしながら問いかけると、彼らはハイテンションで俺に話しかけてくる。


「新見くんだっけ!?すごいねえ!ここの入試受かっちゃうなんて!!」

「ちょーイケメンなんだけど!生徒会からすぐ声かかっちゃうんじゃないの!?」

「カレカノもち!?ってかにーみくん男っていけんの!?」


あ……、だめ。無理。ついていけん。ここの生徒たちとはどうもノリが合わん。…どうやってここを切り抜けよう。と頭を抱えたくなったその時、スッと俺の名を呼ぶ声が耳に飛び込んだ。



「倖多、おいで。」



その声の持ち主は、先程新入生受付をやっていた、あの妙な先輩だった。

俺はその姿を見て、瞬時にホッとした息が漏れる。……よかった。なんか知らんがあの先輩を探す手間が省けた。これで1万円が返せる。

と安心したのもつかの間、教室内は何故かまた、先程の講堂で生徒会長が現れた時のような歓声に包まれて、俺は当然驚いた。


「えっなんで瀬戸先輩が!?」

「新見くんと知り合い!?」

「どういう関係!?」


周囲は俺とその妙な先輩を交互に見て、興奮したように話している。はぁ…。もうわけわかんねー…頭痛いし。

げっそりとした顔を隠しもせず、その場で佇む俺の元に、その妙な先輩はゆっくり、ゆっくり近づいてきた。


「あ、言っとくけど俺ら……、」


周囲に話しかけるように口を開いた先輩は、そのまま俺に顔を寄せ、

え………、


と俺がポカンとしている頃には、何故だか俺の唇と先輩の唇は合わさっていた。

そして、ゆっくり唇を離した先輩は周囲を見渡してこう言った。



「こういう関係だから。」



その瞬間、辺りは静寂に包まれたと思ったら、それもつかの間、先程とは比べものにならないくらいの騒がしい生徒らの声に包まれたのだった。


俺はと言えば、ポカンとアホ面をしたまま動けない。まさかな状況に頭がついていかなすぎて。


え、俺先輩にキスされたわけ?

え、なんで?

え、ありえねーなに今の、


え、え、え、


固まって動かない俺の手に先輩は自分の指を絡めて、そっと俺の手を引いて教室を出た。



「なんなんですかあんた、意味わかんねーんだけど……。」


人気がないところへようやく辿り着いたと同時に、俺は立ち止まって口を開いた。


「言ったじゃん、超簡単なお仕事。」

「いやだから。それがなんなんだって聞いてんですよ。」

「あ、言わなかった?俺と恋人のフリするだけだよ。」


ケロリとした顔で答えた先輩の顔面をどついてやりたくなった。なんだよそれ、最悪なお仕事じゃねーかよ、なにが簡単なお仕事だ。

俺は鞄の中から一万円札を取り出して、それをグイッと先輩の胸元に押し付ける。


「ふざけないでください。こっちはまだ入学直後で右も左もわけわかってないんですよ。んなわけわかんねえことに巻き込まれると迷惑です。」


一万円札を押し付けながらそう言うと、先輩はその一万円札を持つ俺の手を握りしめて、今度は俺の身体へその手を抑えつけた。


「迷惑をかける気はねえよ?俺もお前も多分この関係は役に立つはず。」

「んなわけないでしょ。さっきの様子じゃあんたもあの生徒会長と同じくらい人気そうですし?そんな人気者と妙な関係って噂されて困るに決まってるじゃないですか。」

「その様子じゃお前ノンケだろ?騙されたと思って話にノリなよ。悪いことにはならないから。」


なにが悪いことにはならないから、だ。

どう考えても悪いことだらけだろ!!


俺は自分より少し目線が高い先輩を睨みあげる。そんな俺の目を見た先輩は、口元に笑みを浮かべて続けて口を開いた。


「学業優秀、眉目秀麗。…そんなお前の周りには、明日からきっとうじゃうじゃ男が寄ってくるだろうな。」


語り始めた先輩の話に、俺は次第に眉間に皺が寄って行く。考えたくもないことだ。


「たくさんの男がお前を舐め回すように見てくるんだ。付き合ってください、って告白されるだろうな。話したこともないやつに『好きです』って言われるだろうな。ひどけりゃ突然キスされるってこともあるかもな。ノンケのお前にはきっとたまんねえだろうなあ。」


…おい。ちょっと。勘弁してくれよ。聞きたくもない話を淡々と話す先輩に、耳を塞ぎたくなった。


「喜べ、今話したことをきっとお前は明日から体験することになるだろう。」

「…なにが言いたいんですか?」

「因み今言ったそれ、全部去年俺が体験したことな。」

「……え?」


先輩が、体験したこと……?


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