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「お。よしキタ決定、キミがいい。なあキミ、ちょっと簡単なお仕事してみない?」


「……は?」


高校入学式の日の朝、俺は新入生受付をしていた初対面の先輩相手に、そんな素っ頓狂な声が出た。


「名前は?」

「……新見(にいみ)です。」

「新見、なに?」

「……倖多(こうた)…ですけど…。」


聞かれて名を名乗れば、受付の先輩はニッと笑みを浮かべながら俺の制服の胸ポケットにスッと何かを入れて、そして耳元で俺にこう言った。


「よろしくな、倖多。」


フッと先輩の息が耳に当たり、身体がブルリと震える。なにがよろしくなんだ。

さっぱり状況がよくわからない状態で「はい、次の人。」と先輩は列に並んでいた次の新入生の受付に移ってしまう。

……なんなんだよあの人。

不審に思いながらも、入学式の会場である講堂へ足を進めた。……あ、そう言えば。


ふと、先程のあの妙な先輩に胸ポケットに何か入れられたことを思い出して、そろりとポケットの中を覗き込むと……


そこには綺麗に折りたたまれた1万円札が入っていた。


(ゲッ……!)


やべえ、やべえって…!

絶対これやべえだろ…!

俺は先程先輩に言われた台詞を思い返しながら、1万円札を無くさないように鞄の内ポケットにしまいこむ。


『ちょっと簡単なお仕事してみない?』


そう言って、1万円札を俺のポケットに入れた先輩。

それ絶対怪しい仕事だろ…!!


湧き出てくる手汗をズボンで拭きながら、早くさっきの先輩に1万円札を返さねば!!と一人あたふたしながら、とにかく今は講堂を目指した。



クラス毎に分かれて座らされるようで、俺は自分のクラスであるSクラスと書かれたブースの席に腰を下ろしてホッと息を吐く。入学早々とんでもない目に遭ってしまった。まったく、なんなんだよあの先輩。

とにかくあの先輩を見つけなければ。憂鬱な気持ちになりながら、入学式が始まるのを待つ。


「あれ?見ない顔発見。外部生かな?」


頭上から声がしたかと思えば、その声の持ち主は俺の隣の席に腰掛けた。


「うわおこれはまた上玉だこと…!」

「は?」


人の顔をまじまじと見ながらそんなことを言うその生徒に、俺はまたもや素っ頓狂な声が出た。なんだよこの学校、不躾なやつばっかなのか?

…と最悪なことに入学早々そんな感想を抱いてしまい、俺はこの先の高校生活が不安になる。

お坊ちゃんが通う難易度が高い超金持ち学校に腕試しで受験して、たまたま特待生枠で受かってしまったのが幸か不幸か、一般家庭で育った俺がこんな高貴な建物だらけの高校に通うようになってしまったのだが、さっきから出会う人出会う人皆少しおかしい。

人の顔ジロジロみたり、コソコソ話していたりしてとても感じ悪い。俺の顔になにかついてる?と思うも特におかしなところは無いはずだ。

そういやあの受付の先輩を見ながら、列に並んでいた新入生は、テンション高らかに『かっこいい』だの『素敵』だの言っていた。

俺は、ほんとうはほんの少し前から気付いていたのだ。あ、…ここ多分同性愛者が多いだな、…って。けれど俺は、いやまさかな。と気付かないふりをしていただけで。けれどそれは、多分確信に近かった。


「えっ、やばい!超かっこいいんだけど!!名前教えて!?」


俺の隣に腰掛けた生徒は、俺の身体に迫りながら話しかけてくる。俺は戸惑いながらとりあえずその生徒から距離を取るように仰け反って、「新見倖多」と名を名乗る。


「オッケ!!こうたくんね!!わあ嬉しいなあ!!僕もSクラスだから仲良くしてね!!」


嬉しそうに笑顔でそう言ってくれるのはありがたいことなのだろうが、俺はどうも素直に喜べなかった。

普通は入学早々友達できて順調順調!って思うところじゃん?けれど、どうもこの様子からいくと『友達』って雰囲気じゃねえんだもん。

近い例えを言うなら、仮にここが共学校だとして、女の子に対して『うわラッキー、タイプの子見つけた〜』みたいなノリだった。

つまり、やっぱりここでは、同性でも恋愛対象に見てる人が多い。俺はそう確信し、「まじか…」と重いため息を吐いた。


それから入学式は数分後に開始された。朝が早かったため、理事長の長い長い挨拶はぶっちゃけ子守歌のようである。

カクン、カクン…と眠気に耐え切れず頭が揺れる。ふぁあ…と欠伸が出て、あ、もうダメだな。寝そうだ。と思ったその時、運良く俺は眠気覚ましになるような、生徒たちの叫び声を耳にした。

叫び声?いや、違う。歓声か。

とにかく「わぁあああ!!!」と講堂中に響き渡る男たちの声だ。


「なんだ!?なにが起こった!?」


眠気などとうにどこかへ飛び去って、俺はただただ状況を把握するので精一杯になっていると、俺の隣に座った生徒が教えてくれる。


「生徒会長様の挨拶だよ!!こうたくんは外部生だったら知らないだろうね!!この学園での最高権力を持ったお方で、とても素敵な方なんだ!!!」


興奮したように話してくれたその生徒のおかげで、イマイチ意味はわかっていないながらも状況は把握できた気がする。

…つまり今は生徒会長の挨拶で、あそこで立っているあの生徒は最高権力を持ったお方で、とにかく人気者なのだろう。

最高権力ってなんだ、バカじゃねーの、学園の最高権力者っつったら理事長だろ。あまりにおかしなその話に思わず「ハッ」と乾いた笑いが出た。

ああ…もうなんなんだよこの学校……。


そもそも全寮制の小中高一貫の男子校に通うと決まった時点で、男が好きな奴がいる可能性くらい一ミリでも考えておくべきだった。そうしたらまだ感じた衝撃は浅かっただろう。

いや、そもそも受かるはずないと思っていたからそんなこと考えるまでたどり着かない。

確かに俺は成績が良く、勉強が得意だ。中学の担任にはずっと、上を目指すべきだ、と言われていた。だから、この超難関のここの高校を中学の担任に受験してみると言えば、担任は満足そうに頷いていたが、ほんとうはこんなところ受かるはずないだろ、って思っていた。だって、“超”難関って言われてんだぞ?絶対受かるはずない。

だから、この高校には落ちる予定で、落ちたら仲の良い友達がゴソッと通うことになる地元の公立高を受ける気でいたのに、だ。

はあ…もう俺、お家に帰りたい……。


早くもホームシックになりかけの俺は、隣の生徒が素敵なお方だという生徒会長の声をBGMに、何度も何度も重いため息をついて、その時を過ごした。


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