02
「そんで、私はこれからどうしたらいい訳?」
とりあえずお茶でも、という事で一階のリビングまで来た私達は、熱い紅茶をすすりながらこれからについて話し合っていた。
て言うかキッチン用品とか全部揃ってて驚いたわ。紅茶も美味しいし。
「とりあえず、お前の希望を聞こうか」
「希望ってなんの」
「この世界のお前の設定だよ。ま、『逆ハーがいいなぁ』とか『○○と恋人になりたーい(はあと)』とかは無理だけど」
「いや、別にそんなの頼まないけど」
くねくね身体をくねらせながらぶりっこの仕種をするお兄さんはなんだか見ていて気持ちが悪かった。
んだよ、と途端につまらなそうな顔を浮かべたお兄さんを見ていると、ふと思った事があった。
「…そういえばお兄さん、名前なんての?」
出会ってからずっと黒猫とかお兄さんってしか呼んでなかったから、なんだか気になって聞いてみた。…パラレルワールドのバランス管理人に名前があるのかどうかは分からなかったけど。
「名前?別にないけど」
……やはりないらしい。
「…まあいいや。それで、話進めてくださいな」
「じゃ、この紙に記入してくれや」
そう言ってお兄さんが渡してきた1枚の紙。
見ると、数個の質問が書いてあった。
ざっと目を通した後、私はプリントへの記入を始めた。
「これでいい?」
「んあーどれど…」
大して質問の量はなかったため、普段から雑な私はものの数分でプリントをうめる事ができた。
「お前、ホント自分の欲にだけ忠実つーか適当っつーか…まいいや」
頬杖をついて紙を眺めるお兄さんはOKといってその紙を頑丈そうなケースにしまった。
紙に書いてあった事は大体こんな感じだ。
名前:風篠怜
頭脳:そのまま
運動能力:そのまま
財力:がっぽり
通いたい学校:立海
その他:氷帝の日吉とは繋がりが欲しい
元々私は、大して頭がいいわけでもなく、かといって運動ができるわけでもない。(バスケだけは得意だったが)
それでも、それら全てをよくしてもらおうとは思わない。思えない。
自分のもつ能力を変えてしまえば、私は今度こそ本当に消えてしまうような気がしたから。
…ちなみに言っておくが金だけは別だ。
日吉と繋がりが欲しいと書いたのは、私も大のオカルトマニアだからである。…日吉がどれほどこのジャンルが好きなのか、とか、興味沸かね?
それに単純に日吉好きだし。
「まあ、明日にはお前は転校生として立海に通うわけだ。ま、せいぜい第2の人生を楽しんでくれぃ」
お兄さんは「とりあえずこれだけは今渡しておくわ」と言うと茶封筒1つと携帯電話をテーブルに残し、
「んじゃ!」
と、普通に歩いて玄関から出ていった。
…異世界管理人といえど、空を飛んだりどこでもドアみたいのを出したりはしないようだ。
私はとりあえずお兄さんの出ていった扉を一蹴りして、リビングにあるふかふかソファに倒れ込んだ。
「…一休みして買いもん行ってこよ」
―――………
カーテンの隙間から眩しい朝陽が射し込む中、携帯のアラーム音で目を覚ます。
昨日この世界に来て初めて見た、見慣れないこの天井。これが再び目に入っているという事は、やはりあれは夢ではなかったのだろう。
まだ眠ろうとする身体に鞭をうち、モソモソとベッドから這い出てリビングへ向かう。
「おっはよーぅ」
目に入った奇っ怪な生き物(人語を喋る黒猫)に蹴りを入れ、洗面所へ向かい身支度を整える。
「ひっでぇな、蹴る事ねぇだろ」
「あっれーおかしいなまだ幻聴が聞こえるぞ」
昨日の買い物中はキャラにばったり出会ったりふとした事で知り合いになったりというトリップの定番は一つも起こらず、まだ地理のよく分からない街をフラフラさ迷い歩き、挙げ句の果てに道に迷ってヘトヘトになりながらようやくこの家にたどり着いた。
「…はぁ」
先行き不安である。
身支度をし終わった私は朝食の準備をしようとキッチンへ向かった。
足元をチョロチョロと走り回る目障りな物体を足で抑えつつ昨日買ったパンをトースターに入れる。(キッチン用品だけじゃなく家具家電も何故か好みのデザインのものが揃ってた)
グニョグニョしたモノを踏みしめる足に力を加えたところで、足元が煙に包まれた。
「こ…こんなかわいい猫ちゃんを踏み潰すなんて、お前どういう神経してやがんだ!!」
「いや、人語を喋らなければ普通に可愛いんだけど」
ムキーッ!とか言いながら足踏みをするお兄さんに一瞥をくれ、目玉焼きでも作ろうと冷蔵庫から卵を取り出した。
何故か流れで作らされた二人分の食事をテーブルに運び椅子に座る。目の前には当たり前のように笑顔のお兄さんがいた。
「いっただっきま〜す」
「…」
イラっときたのでとりあえずテーブルの下の長い足を一蹴りし、私も箸をとった。
「そんでさ、お兄さん何しにきた訳?」
ずっと思っていた疑問を口にする。まあどうせそんな大したことではないだろう。
「んー?なんだったっけ?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…は?」
「…ごめんなさい冗談です立海の制服と教材を届けにきました決してただ遊びに来た訳ではないです」
総長直伝の無言の圧力が効いたのだろうか。
ちなみに総長というのは文字通り総長だ。
文字通り総長というのは、まあつまり、総長である。私達の、総長である。
しかし、その時私は思った。
…せっかくイケメンなのになにこの性格。台無しじゃね、と。(別にイケメン好きという訳ではないけれど)
「見たいか?見たいだろう!」
別に見たいともなんとも言っていないのにも関わらず、お兄さんは足元に転がっていたトランクを開けて取り出した。
何を?……コスプ……ゲフン、立海の制服を、だ。
「いやー、立海の制服もいいんだけどさ〜、個人的には不動峰が好きなんだよね〜、セーラー!あ、でも山吹も個性的で面白いかな〜」
へー、ふーん、とお兄さんの話に適当に相づちをうち、黙々とトーストにかぶりつく。…イチゴジャムじゃなくってピーナッツバターにしとけば良かったかな。
制服談義に華を咲かせるお兄さんを今度は完全にシカトし、コーヒーをすすりながらふと時計を見て思った。
時間、ない。転校初日から遅刻?………ま、いっか別に。
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