01

目が覚めたら見覚えのないベッドで寝ていて、そのベッドのある部屋もやはり見覚えのないものだった。
モノクロをベースとした私好みの部屋。
黒いカーテンを一気に開けると、眩しい日光が部屋に入り辺りが明るく照らされる。
窓からの景色は、やはり見覚えのないものだった。

「ここ…どこ?」

とりあえず少し前までの記憶を遡ってみる。
私はショッピングに行こうとしていた。
裏道に入って曲がり角を抜けて、一匹の猫と出会った。猫が道に飛びだして、そこに車が走ってきて…。

「……そうだ、私ひかれたんだ」

すました顔して車の走ってる道路を渡ろうとする猫を助けるため、私は車の前に飛び出した。
足には自信があった。反射神経にも。車はしっかり徐行運転だったし、猫を助けてちゃんと避けれる自信があった。
……恥ずかしい程に、自意識過剰だった。
車に当てられた私は猫を抱いたまま道の脇に立っていた電柱に頭部を強打し、地面に倒れたんだ。
何故かしっかりと覚えていた。

そして、今に至る。

ここは何処だろうか。間違いなく病院ではない。…人間が今まで語ってきた想像とは全く違うが、天国?とか?
……と、言う事は、だ。

「……私、死んだのか」
「その通り、お前は死んだ」
「!!」

突然の自分以外の声に驚き部屋中を見渡す。しかし私の他に人間はいなかった。

「な、なに今の…」
「ここだ、ここ」

空耳かと思ったがそうではなかったらしい。
ベッドの下から、一匹の黒猫が飛び出してきた。

「あの時の黒猫…」

その猫は私があの時助けようとしていた猫だった。助けられたのかどうかも分からないままで不安だったが、どうやら無事だったようだ。

「さっきは助かった。礼を言うぞ」
「い、いや別に…」

華麗なジャンプでベッドに飛び乗り後ろ足で器用に首元をかく黒猫を見やり、とうとう積み重なっていた疑問達が爆発した。

「あの…ここどこ?なんで猫ちゃんはしゃべれんの?何者?て言うか死んだってどういう事?私生きてるじゃん。つー事はやっぱここって」
「おい!一気に喋るな、一つずつにしてくれ」

どうやらマシンガン的に質問を投げ掛けられたのが気にくわないらしく、まだ喋ろうとしていた私の言葉を遮った。

「まずは俺が何者かを教えてやろう」

そう言うと、いきなり猫ちゃんの身体が煙に包まれた。
みるみる大きくなっていく煙の中の気配に若干恐怖を感じながらも、度胸だけは誰にも負けないという意地で仰け反りそうになる身体を抑えた。
しばらくし煙が晴れたとき、そこにさっきまでの黒猫はいなかった。

「どうだ、驚いただろう」

そこには、なんともイケメンなお兄さんが座っていた。

「………は」

現実としてあり得ないだろう、猫が人間になるだなんて。

「きっと夢だそうに違いない私は車にひかれて植物状態になってるんだだって現実にありえないじゃないかこんなこと」

目の前の綺麗なお兄さんを見ながら必死に現実から逃げる言葉を探す。だがお兄さんに頭を叩かれ、その行為は無駄に終わった。
…くそう。

「……私に分かるように説明してくれます?」
「OK、まず俺は…」
「あ、もしかして神様とか?」

よくトリップ夢小説とかであった。起きたら見知らぬ場所にいて、神様が現れ別世界に連れていってくれる。
私もそんな夢みたいな事を本気で望んでる周りよりちょっと現実逃避した女の子だ。

「いや、ちげぇし。てか話を遮るな」

なんだ違うのか。
少しがっかりしながらお兄さんの話を聞いた。

「神…なんてデカイもんじゃない。が、近いものではある。俺はこの世に存在する沢山の異世界、つまりパラレルワールドを管理する者だ」

………イタい、イタすぎる…!!お兄さんその年で厨二病とかちょっとヤバいぜ。
ドヤッ!と効果音が付きそうな顔を浮かべるお兄さんを訝しげに見つめる。
すると彼は少しだけムッとしたように口を開いた。

「言っておくが本当の事だ。現に猫から人間の姿に変身しただろが」

…思考を読まれた?

「言っとくけど全部顔に出てるぞ。…ゴホンッ、話を戻すけど、パラレルワールドもバランスの調整が必要になってくるんだよ。お前が生きていた世界の中にもバランスは存在する。バランスが崩れる事で絶滅する動物なんかが出てくる」
「ほーほー、なるほどなるほど」
「(…)さっきはお前が生きていた世界を視察していた最中だった。…でも、そのせいでお前は人生の幕を閉じる事になった」

本当に申し訳ない、と頭を下げるお兄さんを見ながら状況を整理する。
パラレルワールドの管理人であるお兄さんは、あの時あの世界の視察の最中だった。それも、何を血迷ったか猫の姿で。
そして不馴れな低い姿勢と視線のせいで、車への反応が遅れたのだと仮定できるな。
つまりは………。

「…まあなんだ、俺が猫の姿なんかで視察に行かなければお前は死なずにすんだって事だな」
「……いやいやいやいや、だな、じゃねえし。人の人生何だと思って」
「よって!!」
「……よって?」

バッと立ち上がったお兄さんは大きな声で叫ぶと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「よって俺は、異世界管理職の名において、お前に第2の人生を送る権利を与えた。ここはテニスの王子様の世界だ!!」
「…」
「…なんだ、もっと喜べ。お前の望んでいたトリップだぞ?」

お兄さんはボーッとしている私の顔の前で手を振り、おーい、もしもーし、とかなんとか言いながら頭を叩いてくる。

「いや、だってさ、テニスの王子様の世界だ!なんて……なんか、信じらんないっしょ普通」
「お前が信じようが信じまいが全部現実。で、どうすんの、第2の人生を送るの?それとも逝くの?」

逝くの?っておかしくないかなぁ。だってもう逝ってる訳でしょ?

テニスの王子様の世界。
………テニスの王子様の、世界?

ずっと憧れてきた、2次元の世界。私が手にする事はできないと思っていて、だからこそ焦がれてきたもの。
死して、ようやく手に入るモノだった。

なんて皮肉なんだろう。この人生は。

…まあ、何はともあれ、私の答えは決まってた。





ここで生きていく

んじゃヨロシク、と差し出される手を、しっかりと握りかえした




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