10

「……」
「……」
「……」

なぜ私は、この少年に睨まれているのだろう。
確か私はこれから蓮二と東京に行こうとしていて、二人で廊下を歩いていた。そしたら後ろから蓮二を呼ぶ声がして、振り向いたらこいつ、切原赤也が走ってきていたのだ。

「……蓮二」
「二年の切原赤也。テニス部のレギュラーだ」
「…柳先輩、」
「三年の風篠怜。先日転入してきたんだ。……まあ、俺の友人だ」
「あんたか!最近よく柳先輩と一緒にいる女子ってのは!」

ビシィっとこちらに指を指して叫ぶ切原。
全く、人を指さしちゃだめって習わなかったのだろうか。
こいつが私の舎弟だったら今頃根性叩き直してやっているところだ。

「それよりも赤也、俺に用があったんじゃないのか?」
「あ、そうだった!これから丸井先輩達と遊びに行くんですけど、柳先輩も行きませんか?」

今の切原はまるでワンコのようにパタパタと尻尾を振っているように見える。……いかん、幻覚の犬耳まで。

「……すまない、これから怜と用があるんだ」
「えぇぇぇ!?」

柳が断ると、しょぼーんと尻尾と耳を垂れさせる。……こっ、これは……!

「(ナマ柳赤……!!)」
「怜」
「はいっ」

私の頭の中が危ない妄想に埋まってしまいそうになったその時、柳に声をかけられた。

「そろそろ行かねば間に合わない。行くぞ」
「了解」
「えぇー、俺らよりその女選ぶって言うんすかぁ?」
「本当にすまない。だがはずせない用なんだ」

柳は、遊びに行くのはまた今度なと切原の頭をポムっと叩いて歩きだす。チラリと切原を横目で確認。
………おぉう、ガンつけてやがる。

「なんかスマンね切原くん」
「…っ…うっせー!」

しょぼんとしている切原があまりに可哀想だったので声をかけてやったら、なぜが彼は廊下を走って行ってしまった。

「…おいおいおい」





……―――
視察終了後の帰り道。私達は東京の街から見慣れた神奈川の街に帰ってきていた。
視察の結果はと言うと、期待は見事に裏切られ、私達が視察した学校では腕のいいベース奏者は見つからなかった。
しかも柳が無駄な動きがどうだのどこどこに余計な力がなんだのと、難しい言葉をおりまぜてさりげなくかつ的確に相手のプライドを崩すような言葉をぶつけ続けるのだ。
お陰で追い出されてしまった。

「…」
「……すまない。まさか追い出されるとは思わなかった」
「いや、いいんだけどさ」

どうせ大した腕の奴いなかったし、と続ければ、柳は確かになと同意した。

「まあ、また1から探すさ」
「俺もデータを集めるとしよう」
「んー。それじゃあここで」
「ああ。また明日」

軽い別れの挨拶をして柳と別れる。
住宅街は静けさに包まれた。

「ふわぁ〜……ねむ」

既に薄暗くなった住宅街をのそのそと歩き続けると、少し歩いて差し掛かった路地裏から数名の声が響いていた。
……あれは……

「だ、だからすんませんっしたって」
「ごめんですんだら警察いらねぇんだよ!」
「クリーニング代、しっかり払ってけよ?」
「けけけけ!」

……うーわー……。
まさかこんな場面に遭遇してしまうなんて、誰が思っただろうか。
私はその切原が三人の不良に囲まれている道をどう通り抜けようか思案するが、回り道をする以外にその方法は思い浮かばなかった。

「……ま、減るもんでもねぇしな」

スタスタと歩いて彼らのところへと向かう。
切原がこっちに気づいた。

「あ…あんた……」
「うちの後輩がすまんなあんた達。それじゃ」

切原の腕を掴んでその場を後にしようと歩きだす。だか不良共がそれを許すはずもなかった。

「おいおい姉ちゃん、そりゃ困るなぁ」
「そーそー、そいつが蹴った空き缶が俺にぶつかってさぁ。中に残ってたジュースがほれこの通り」
「だからクリーニング代払えばチャラにしてやるって話し!」

まあ確かに、そういう事ならクリーニング代を払うのはおかしい事ではない、むしろ相手からすれば正当な権利だろう。

「いくら?」
「んーそうだなー……5万?」
「その程度の染みなら家庭用洗濯機で落ち」
「だからぁ、金はないんスよ!悪かったって言ってるじゃん!日本語分かんねぇのぉ?」

おいおいおーい。

「……っだとこんガキャァ!!」

男はついに切原に殴りかかった。
全くすぐ暴力に頼ろうとするなんてどういう教育を受けてきたのだろうか。
……まあ、今のは切原が悪かったような気もするけどね。日本語分かんねぇのぉ?っておま。
て言うか私のセリフ遮ったっしょ。

「…ふぅ」

とりあえず私は、迫りくる拳に頭を抱えて目を瞑っている切原少年の前に出て、男の拳を止めた。

「……なっ」
「…いい歳こいてガキにたかってんじゃねぇよ」

掴んでいた拳を離し、中段の回蹴りをくらわした。
おっと鳩尾。

「てめっ…お、覚えとけよ!!」

ぐはぁっ!……と倒れこむ男を他の二人が支えこみ、悪役お決まりのセリフを吐いて逃げていった。
さすがに過剰防衛かと不安がよぎったが、こんな小娘にやられたなんて口が裂けても言えんだろうしまあ大丈夫だろ。

「……」

私は地面に置いていた荷物を拾い上げ、無言のままその場を去ろうとした。……が、それはその場にいた一人の少年のおかげで無駄な足掻きに終わってしまった。

「……」
「風篠先輩っ!」

ああ、そのキラキラした笑顔をこっちに向けないでくれ。






そして仲間がまた一人?

腕をつかんで離さないその少年は、やっぱりワンコに見えた。





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