The Moon and Sixpence : Somerset Maugham
月と六ペンス : 中野好夫 訳
世界文學全集 (第三期) 20 [訳者;中野好夫・龍口直太朗/河出書房]
1957/1/31発行

「もちろん僕がだねえ、あの男も惜しいことをしたもんだなどと言えば、偽善だよ。とにかく僕は、お陰で得をしてるんだからねえ」そう言って彼は、長いコロナの紫煙を快げに吐き出した。「だが、もしこれがだね、僕自身に関係したことでさえなければ、やっぱり馬鹿なことをしたもんだと言いたいねえ。自分の一生を、こんな風に台なしにしてしまうなんて、意味ないよ、君
 だが、果たしてエイブラハムは一生を台なしにしてしまったろうか? 本当に自分のしたいことをすること、自分自身に満足し、自分でも一番幸福だと思う生活をおくること、それが果たして一生を台なしにすることだろうか? それとも一万ポンドの年収と美人の細君とを持ち、一流の外科医になること、それが成功なのだろうか? 思うにそれは、彼が果たして人生の意味を何と考えるか、あるいはまた社会といい、個人というものの要求をどう考えるか、それらによって決まるのではあるまいか? だが、もちろん今度も僕は黙っていた。なにしろ相手は勲爵士だ。僕など議論に出る幕ではないと思ったからである。

[268項 1段 26行-2段 18行]

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