「…お前が、グレイに惚れてても」
「…は?」
引き寄せられて、強く握られる両手から伝わる想い。彼の本気を感じるが、それを上手く呑み込めなかった。
今、何て言ったの…と混乱する頭を整理する。
ナツは自分の想いを伝えることだけで精一杯なのか、戸惑うルーシィに気付かず続けた。
「応援なんてしてやんねえからな。オレはお前に惚れてんだから」
「…ちょっと待って!」
ナツの必死な様子が伝わってきたが、明らかに勘違いをされている。彼を止められずにはいられなかった。
ルーシィは、キッと眉を上げる。そして、力の緩んだナツの両手から逃れると、彼の胸を押して大きく声を張り上げた。
「誰がグレイのこと好きなんて言ったのよ!?」
「誰……誰だ?」
「知るか!てかあたし、グレイをそういう風に見てないわよ!」
「そ……え、ホントか?」
「当たり前でしょ!」
キョトン顔のナツに背を向ける。完全に言い切ると、今度は彼の方が慌てているように感じて、彼女はゆっくり振り向いた。
「……なんだ、オレ、てっきり」
ナツは胸に右手を置き、深い溜め息を吐く。その場にしゃがんで、顔を伏せていた。
「そんな誤解して……て、それであたしのこと避けてたの?」
「避けてなんか……なくはないけど。あれは、その、お前がグレイの嫁さんになる約束してるって思ってたから」
「は?」
ルーシィはスカートの裾を気に留めつつ、ナツの正面にしゃがみ距離を詰めた。
彼女の靴が視界に入り、彼は顔を上げる。
「さっき、グレイ本人から違うって聞いた。なんだよ、妹って。変な約束してんじゃねえよ」
吊り上がる両目とは裏腹にほんのり頬が赤く染まったナツを見て、ルーシィは微笑んだ。
ナツに避けられても関係ないって言い聞かせていた。けれど、本当は心の奥に引っ掛かっていて――
ずっと気にしていたものがナツの勘違いから起きたことだとわかり、安堵して肩の力が抜ける。
「可愛い子供の約束じゃない」
そう、――子供の頃の約束。
グレイは、あたしのお兄ちゃんだから。
あたしが好きなのは――
「あーあ……なんか疲れた」
ナツは足に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。
ルーシィがジーっと見上げていると、その視線に首を傾げる。
「なんだ?ルーシィ?」
「あの、さ。さっき、あたしのこと」
彼は一瞬、笑みを見せるが両手を頭の後ろで組み、視線を逸らした。頬を赤らめて口籠る彼女に言い放つ。
「あーあ……ルーシィ、好きだ」
「すっ……ちょ、ちょっと!?その『あーあ』って何!?」
ルーシィも立ち上がって、ナツに近付いた。腕を伸ばすと、すぐ触れられる距離。
真っ赤な顔をしている彼女に、彼は腕を下ろして真剣な瞳を向けてきた。
「よし、今からお前をオレに惚れさせる」
「へ」
「ぜってー、惚れさせる!覚悟しとけ!」
決意を新たに、グッと胸の前で拳を握っている。
真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたナツを見ていると、高鳴る鼓動は更に加速してきた。
――あたしは素直に伝えられるだろうか。
不安が募る。しかし、彼を想う心がそんな彼女を動かした。
『惚れさせる』だなんて、そんなこと言われたら――あたし、
顔を両手で覆い、左右に頭を振る。
「……む、無理」
「おい、凹む通り越して傷付くだろ」
桜色の髪が揺れ、唇を尖らせたナツは目を伏せてしまう。ルーシィが両手を顔から放した。
彼女は、何か決心したような瞳を見せている。
一歩前へ足を踏み出すと、彼の腕に手を添えて――ゆっくり背伸びをした。
「無理よ。だって、あたし、もう」
「……惚れてるもの」
ルーシィの唇が、ナツの左頬に触れる。
閉じていた両目を開き、踵を戻した。目の前で固まっているナツから離れると、ルーシィは上着のポケットを探る。
手早くカメラを起動して、スマートフォンを彼の方へ向けてみた。ナツは驚きのあまり、ルーシィの行動に全く気付いていない。
彼女は口角を上げて、シャッターボタンを押す。
カシャッ!
「油断したわね」
「なっ…今か!?」
いつか仕返ししようと思っていたことが、良いタイミングで実行された。
写っていたのは、堪えきれない笑みを浮かべて、緩む口をマフラーで隠そうとしているナツであった。
こんな彼を見るのは初めてだ。新たな一面を自分の手元に残せたことが嬉しくて、満足そうに笑顔を向ける。
ルーシィが貴重なそれを保存していると、画面を覗き込んだナツは、自分のあまりにも明らかな照れた表情に、ぼふん、と噴火した。
「撮り直し!」
「ヤダ」
「おい、ルーシィ!!」
狭い場所で逃げ回っていた彼女は、数秒後、彼に右腕を掴まれて後ろから抱き寄せられる。
「…え、ナツ!?ちょっと…」
「捕まえたぞ、観念しろ!」
ナツの左腕はルーシィのお腹周りに巻き付いていた。スマホへ伸びる彼の右手が危うく届きそうになる。耳に吐息がかかり、ルーシィの心臓が大きく跳ねた。
お互い気持ちを伝え合ってからの抱擁。
驚いた拍子に肘がナツの脇腹に当たってしまい、それと同時に彼の足も踏んでしまった。ルーシィの身体を放して、お腹を押さえるナツ。
「…お前、ひでえ奴だな」
「ワザとじゃないわよ。…それに、アンタが悪いんでしょ!」
「オレはなんもしてねえぞ!」
「し、したじゃない!ナツが…、――ううん、何でもない」
身体に残る彼の温もりを思い出して、かあっと頬が赤く染まっていく。ルーシィの瞳が潤んだ。
「オレが、なんだよ?」
「…何でもないから」
大事なスマホを落とさないように持ち直し、背を向ける。
「ルーシィ?」
正面に回り込んでくる彼と目を合わせられなくて、顔を背けた。
ナツがルーシィの頬に右手で触れると――
「…うあ!」
伸ばしたその手を引っ込める。
何かを思い出したのだろう、いきなりしゃがんでしまった。
「…ナツ?」
彼はマフラーを上げて顔を隠しているが、桜色の髪から覗く真っ赤な両耳だけは隠しきれていなかった。
ルーシィはクスリと笑い、スマホに視線を移す。
消されずに済んだナツの写真を見つめて、心の中で『宝物にしよう』と微笑み、彼をロック画面へ登録した。