特別な感情を抱いたことで彼への想いに気付いてから、会えることが嬉しくて楽しい日々を過ごしてきた。
初めての恋。
それを自覚した時には戸惑いもあったけれど、今は桜色を見るだけでドキドキするの。
ナツがどうして避けるのか、目を合わせてくれないのか――なんて、
もう関係ない。
あたしは、
――ナツが、好き。
真っ直ぐに、この想いを伝えたい。
ルーシィとハッピーは、部室前で着替えの最中である彼らが出てくるのを待っていた。
中からは何故か「一発!」と叫ぶナツの声と、慌てたようなグレイの「近寄るな!」が聞こえてくる。
青い猫が耳を塞いだ。
「オイラ良い子だから、何も聞いてないよ」
「そういうのじゃないでしょ!?」
「そういうのって何?オイラわかんない」
「知るか!」
その声が聞こえたのだろうか、騒がしかった部室が急に静まった。
ルーシィは、翼で上下に飛ぶハッピーと目配せをしてから、一緒に中の様子を窺う。
そっと耳を当ててみると、勢いよく扉が開いた。
「「…っ!?」」
ツリ目の彼と至近距離で目が合う。お互い声にならず、咄嗟に距離をとった。
突然、桜色を間近で捉えて身体全体が熱を帯びていく。
青い猫はルーシィの胸元で、息を吐いていた。恐らく扉が開いた時に驚いて、彼女の胸へ飛び込んだのだろう。
煩く鳴る心音。ナツを見ることができない。胸の鼓動が速いことに気付かれてしまっただろうか。
ルーシィは顔を伏せて、ハッピーを抱き締めた。
「殴らせろって話だからな!」
誤解されたと思ったのか、真っ赤な顔をして叫んでいる。
緩んだ腕の中から青い猫は身体を捩り、ニヤリと口角を上げた。
ナツが一段と目を吊り上げて、ルーシィの腕からハッピーを引き剥がす。
「え…」
「ちょっと来い!」
彼女の右手首を掴むと、急ぎ足でその場から離れた。
ハッピーは飛びながら、二人を見送っている。部室に目を向けると、開いたままの扉の奥でベンチに座る彼と目が合った。
グレイは笑って、頬杖をついている。青い猫も、満面の笑顔で彼の元へ飛んで行った。
人影のない、校舎の裏へ移動するとナツの足が止まる。
掴まれていた手首が自由になり、ルーシィは前を向いたままの彼を見つめていた。
遠くから微かに聞こえる物音だけが、耳に届く。時折、吹き抜ける風が、二人の髪を揺らした。
頬を擽る金髪を押さえていると、足元の先にある小さな池をナツはそっと覗き込んだ。濁っているせいか、何も見えない。
垂れたマフラーの先端が、水面へ着きそうになる。彼は首から外して巻き直していた。
「……」
「……」
暫くの間、沈黙が続く。
思いがけず二人きりになれたが、どのタイミングで想いを告げたらいいのだろう。
何から話せば良いのか、わからない。
決心したのは良いけれど、――勇気が出なかった。
グッと唇を噛む。
すると、ナツがマフラーから手を放した。
ルーシィは彼のリストバンドが目に入る。そこから視線を移して、ナツに掴まれた手首を左手でギュッと握った。
目を瞑ると、試合の光景が脳裏に過ぎる。
調子が悪かったのがウソのように――チーム内にも、活気が溢れていく。
ダンクシュートを決めてからのナツは、途端に動きが良くなったと、隣で聞かされた。
試合終了の合図が鳴り、コートの中心で喜びを表す彼らの姿がはっきりと浮かぶ。
汗を拭ってホッとしたように、無邪気な笑顔をチームの仲間に見せているナツの顔を思い出して、――目を開いた。
「試合、カッコ良かったよ」
ルーシィの声を背中で受けて、振り返ってみると彼女の笑顔が目に映る。
拳を握ったナツは、視線を横にズラした。
「…さんきゅ」
「ダンクシュートなんて、生で初めて見た」
「オレも初めてやった」
「ぶっつけ本番!?」
青いリボンが跳ねる。驚きのあまり目を大きく見開いていると、それに合わせてナツが笑って返してくる。
「やってみるもんだな」
「そ、そう…。素敵だったよ」
ルーシィは、頬を染めて笑顔を見せた。彼を見上げながら、瞳を合わせる。
ナツと、自然に話すことができた。一歩前進したことで、ホッと息を吐き出す。
少し間が空いてから、ナツの口が開いた。
「…手ぇ抜けよ」
「え?」
「て」
「手?」
「違ぇよ。今言っただろ」
ルーシィが右手の平を見せていると、ナツは首を左右に振る。彼を目で追いつつ、小首を傾げた。
「今?え…素敵だったよ?」
「そう、それ。て、抜けよ」
「……え?」
「いあ…それじゃ過去形になっちまうか」
「な、何…」
桜色の髪を掻いて顔を伏せるナツに、疑問符を浮かべている。
紋章の入った手を見ていると、顔を上げた彼が真剣な眼差しで見つめてきた。
「だいたい、お前が誰をスキでも良いんだ。オレが…」
「……」
「ルーシィのこと、スキだ」
「っ…」
自分の気持ちを告げようとしていたが、ナツからの思わぬ告白に、息を飲む。
それと同時に、ぱしゃり、と水音が脳に響いて意識がそちらへ移った。池には鯉が居たらしく水しぶきの中の尻尾が、ナツの肩越しにちらりと見える。
彼はこちらの注意が逸れたことに目敏く気付いたか、がし、と腕を掴んできた。
「…っ!?」
ナツの瞳に自分が映ると、ルーシィは顔全体が赤く染まり、胸が激しく高鳴った。