「見て見て、同じクラス!」
「本当!」
貼りだされた紙を見上げた二人の少女が、ぎゅ、とお互いの手を握った。楽しそうに、嬉しそうに。
「懐かしいね」
「そうだね」
ルーシィとレビィはそれを見て柔らかく微笑んだ。ちょうど一年前、同じように嬉々としていた自分達を思い出す。
夢や希望――未来は輝いている。いつだって。
人だかりの後ろを通りながら、ルーシィがすぅ、と大きく呼吸した。窓からは春の匂いが入ってきている。
「クラス替えって良いよね。気分一新、て言うか。レビィちゃんと同じクラスなら、またやっても良いなあ」
「それ、後ろの人が悲しむんじゃないかな」
「へ?」
「げ、レビィ!言うんじゃねえよ!」
そろそろと近付いてきていたナツとハッピーが、バラされたことに口を尖らせた。「驚かせようと思ったのに」と膨れっ面になる。
「おはよ。またしょうもないことしようとして」
「おはよう、絶対に大声出して驚いてたルーシィ、レビィ」
「おはー、絶対に飛び跳ねて驚いてたルーシィ、レビィ」
「ちょっと」
勝手な予測をされ、ルーシィの頬が引き攣る。隣のレビィはにやりと口角を引き上げた。
「おはよう、どさくさに紛れてルーちゃんに抱きつこうとしたナツ、ハッピー」
「そっ、そんなん、しようとしてねえっ!」
大きく腕を振り上げて否定する彼に対し、ハッピーはレビィとハイタッチまでする賛同を見せた。
「レビィ、わかってます!あい!」
「ふふ、ありがとう」
「ちげぇって!」
彼らにはナツの主張を聞き入れる気配はない。彼はうぐ、と喉を鳴らしてから、気を取り直したようにルーシィの肩に腕を乗せた。会話の流れからびくりとした彼女を、じろりと睨む。
「つか、お前、オレとクラス離れたいのかよ?」
「そういうわけじゃ」
「オイラ、ナツとクラス分かれても頑張って生きていきます」
「ハッピー、お前、ルーシィに付いて行くつもりなのか!?」
裏切り者!と叫んだナツの頭ががくんと揺れる。犯人はぶつけた鞄を持ち直して「あ、悪ぃ。居たのか、気付かなかった」とのたまった。
「てめえ、グレイ!」
「朝っぱらからうっせえな。廊下の真ん中で騒いでんじゃねえよ」
「グレイ様、今日もカッコ良い……!」
消火器の陰で、ジュビアが両手を組み合わせる。衝突する二人を遠巻きに見て、頬を染める彼女――月日が流れても変わらない。
ルーシィとレビィは顔を見合わせて、同時に笑った。
「成長しないんだから」
「あはは、ホント……あ!」
玄関の方を見たレビィが、小さく叫んだ。ルーシィ達に手を振って、駆け出して行く。
「先行ってて!」
「レビィちゃん?……ああ、ガジル」
姿を見せた長髪と黒猫に、小柄なレビィが嬉しそうに笑いかける。このまま鉢合わせすれば三つ巴の喧嘩になるだろうと予測したルーシィは、まだ睨み合っているナツとグレイの背を押して、階段へ足を向けた。
「ほら、行こ」
「あ、リリー、おはー!今日の集会のことなんだけど」
「おい、ハッピー?」
とてとてと、青い子猫がナツの爪先と逆の方向に走っていく。軽く宙を掻いた彼の腕は、ルーシィと目が合ってぴたりと止まった。
「ちぇ、なんか最近放っておかれてる気ぃすんだよな」
「何子供みたいなこと言ってんのよ」
拗ねた様子のナツに、グレイが肩を竦めた。
「ルーシィが居るから安心してんだろ」
「へ?おわ!?いてえ!」
「グレイ様、ジュビアも安心させてください!」
横からジュビアが勢い良くぶち当たってくる。壁に押し付けられたナツをよそに、彼女はグレイの腕を取った。
「さ、行きましょう、二人の愛の巣へ!」
「行くのは教室だろ!?しかもお前違うクラスじゃねえか!」
グレイは眉を寄せたが、ったく、と後頭部を掻いた。ゆるりと肩の力を抜いて、彼女に歩を合わせる。
ジュビアはルーシィをちらりと振り返った。急いで来たら許さない、と目が脅している。
空笑いをしたルーシィの横で、ナツが納得いかないような顔をしながら立ち上がる。その腕を引き止めて、ルーシィは首を振った。
「ゆっくり行こ」
「……良いけど。なんで?」
「良いから」
階段に消えた二人を数秒だけ待って、足を踏み出す。廊下を進むと、元気な下級生達が横を跳ねるように駆けて行った。
新しい教室は前と比べて一階上になる。一番目の踊り場で、窓を見上げたナツが目を細めた。
「良い天気だな、今日」
「そうね」
朝の光はナツの髪を照らして、揺れる桜がふわりと透けていた。
強すぎない陽光とその色に、春だと実感して――ルーシィは、去年の会話を思い出す。
段に足をかけたナツのマフラーを見つめて、彼女は口を開いた。
「ねえナツ」
「あ?」
「春ですねえ」
「ん?おう」
「恋をしてみませんか」
「お前、どしたの?頭打ったか?」
「打ってないわよ!」
「あ、春だからか」
ナツは気持ち悪そうに顔を顰めて、ぷい、と前を向いた。それが気に入らなくて、ルーシィは彼の袖に手を伸ばす。
その指が触れる前に、ぽつりと声が落ちた。
「してんだろ、今。……年中無休で」
その言葉は春の陽射しよりも柔らかく耳に触れて、浸透していく。
「……うん」
指先が布地を掠めた。ルーシィが迷う暇もなく、それはナツの手に包まれる――
「あれ、二人ともまだこんなとこに居たの?」
「「わあ!?」」
階段を上ってきたレビィが、不思議そうに首を傾げた。隣のガジルはつまらなさそうに顎を上げる。
「放っておけ、年中無休でオメデタイ奴は」
「なっ……!?てめ、誰かに言ったらぶん殴るからな!」
「ギヒ、やれるもんならやってみろよ」
「あ?喧嘩か?」
折り返した階段の上から、グレイがひょこりと顔を出す。彼の目はオレも混ぜろ、と輝いていた。
「グレイ様ぁ!」
「無駄よ、ジュビア」
「やっぱりこうなるんだね」
頬を引っ張り合う三人は、子供としか言いようがない。
ルーシィ達はそっと彼らを置いて、階段を上った。それを、猫の声が追いかける。
「またか」
「あーあ、オイラ知ーらない」
誰からともなく、くすりと笑って。それは、階段全体に、次第に広がっていく。
――物語は、いつまでも終わりそうにない。