ナツとルーシィが話している側で、グレイは自転車の向きを変えながら前を見ると、
「ナツさんが入るならジュビアも!」
「うおっ!」
予想もしなかった方向から突然現れた彼女に驚愕して、うっかり自転車から両手を放してしまう。
慌ててハンドルに手を伸ばして、地面に倒れる寸でのところで掴むことができた。体勢を整えて息を吐き出す。
ジュビアは彼の傍に寄り、眉を下げて瞳を潤ませた。
「…グレイ様。ジュビアも行きたいです!」
「……」
もじもじと身体をくねらせ、上目遣いで見つめてくる。一歩身を引いたグレイは、目を逸らして後頭部を掻いた。
「…良いんじゃねえの」
「ありがとうございます!ジュビア、嬉しい!!」
両手を胸の前で重ねて、幸せそうに微笑んでいる。
彼女を視界に収めつつ、彼は自転車のハンドルを握り直した。
「よっしゃー、みんなで遊ぼうぜ!」
「お、おい!」
ナツがグレイの肩に右腕を乗せて叫ぶと、後ろからルーシィの笑い声が聞こえてくる。
早速、お店の入り口目掛けて走り出そうとしたナツを、ルーシィはマフラーを掴んで止めた。
「…ぐぇっ!」
「まずは買い物が先よ!」
両手でマフラーを握り、そう言い放つ。ちぇっと舌を鳴らす音が聞こえた。
「ルーシィ」
「ん?」
グレイに呼ばれて振り返ると、
「オレ、自転車置いてくるから…先行ってていいぜ」
「あ、うん。それじゃ正面の入り口で待ってるわね」
「ああ、わかった」
頷く彼から目を移すと、口を固く結んで鋭い視線を向けてくるジュビアと目が合う。
咄嗟に軽く握っていたマフラーへ力を込めた。
ジュビアが目を逸らしたことで、ルーシィは彼女の視線を追ってみると、入り口付近の駐輪場へ向かうグレイの背中が見えた。
「ルーシィ…苦しい」
「わっ、ゴメン!」
息苦しい声にハッとして、すぐさま手を放した。
謝る彼女の肩越しから、店内の案内板を見付けたナツは息を整えて指を差す。
「ボウリング良いな!」
「ボウリング?…って、あれ?」
勝負できそうだよなと、楽しそうに笑うナツの隣でルーシィは、一緒に待っているはずの彼女が居ないことに気付く。だが、特に心配はしていなかった。
案の定、グレイと一緒に並んで歩いてくる姿が目に入ると、やっぱり…と声を零す。
そんなルーシィを横目で、ナツが見ていた。
「やっぱり?」
「あ、ジュビアよ。グレイのとこに居たのね、って思って」
「……ああ、抜け目ねえ奴だな」
ナツはつまらなさそうに呟く。
店内に入ると、キョロキョロと落ち着きのないナツが面白いモンみっけたーと、駆け出した。
「ちょっと、…もう」
彼に対して、視力が良過ぎるのも問題だなと改めて気付かされる。
桜色の髪を追って行けば見失うことはなかったが、あちらこちらへ動き回る彼はもう視界から消えてしまった。
どこへ行ったのだろうか。ナツを気に留めつつ、本日の目的のもの、ルーシィはスカートが置いてあるお店を目指した。
そこへたどり着くと、早速手に取る。
――良かった…買われてなくて。
制服と変わらない短い丈と、膝が隠れる長めのタイプ。
どうしようか迷っていると、グレイにどちらが良いかと訊いている声がした。
「グレイ様ー!どちらがお好きですか?」
「…そうだな」
「グレイ様!あちらのお店も行ってみましょう!」
「おい!引っ張んな。待てって…」
ふと、レビィの言葉を思い出す。
『男の子の目線でアドバイスしてあげてよ』
親友がお願いしたことは結局ジュビアに移ってしまったが、ルーシィは内心ホッとしていた。
「おーい、ルーシィ!」
「何よ、ナツ?」
「これ、ルーシィに似合いそうだな!」
「…えっ?」
ナツの手からハンガーに掛かったそれを渡され、目を丸くしている。
彼女は肩を震わせて、叫んだ。
「……こんなの、どこで着るのよー!!」
バサッと投げ返されたものが、ナツの顔面に見事命中する。痛ぇなーと当たった箇所を擦る彼は、足元に落ちたものを拾い上げた。
「面白ぇじゃん?」
「どこから持ってきたのよ?」
「そこだぞ?見せてきても良いって言われたから…」
ナツは、向かいのお店を指差す。彼が持ってきたものは、コスプレ用のメイド服だった。
――あのお店の、どこにあったのかしら。
見るところが違うのか、面白いものを見付けることや興味のあるものに、彼はいち早く気付く。
ここにハッピーが居たら、一緒になってからかうだろう。
「まあ、可愛いデザインだとは思うけど…」
「そーだろ!向こうで着れるらしいぞ」
ナツが言うように、もしも試しに着てみたら――案外、似合うかもしれない。
しかし、自分の思考に首を振って眉を上げた。
「いいから、返してきなさい」
「着ねえのか?」
「やめておくわ」
自分の手元を見てから、ルーシィに視線を向けるナツ。
「…何よ?」
「ルーシィが返してきてくれ!」
「アンタが持ってきたんでしょー!」
渋々、服を戻しに彼は背を向ける。
肩に掛けている鞄を下ろして、再び近くにあった鏡に向かいスカートを交互に映していると、腕を組みながら不満気な様子のナツが戻ってきた。
そんな彼をチラリと見て、
「ね、ねえ…ナツは、どっちが良いと思う?」
「んあ?あー…」
「こっちの長い方が良いかな?…迷ってて」
「オレは、」
「うん」
こっち、と短い丈の方へ指を差した。
「あ…」
「ナツ?」
聴力の良い彼の耳に、グレイとジュビアの声が届く。
「グレイ様ー、どこに行かれるのですか?」
「ルーシィの服、レビィに見てくれって言われてたんだよな」
他の場所に移動していた二人は、途中で戻ってきた。
ナツ達は、お店の奥に居る。広いその店内は高い位置まで洋服が並んでいた。
ちょうど死角になる位置に居るナツとルーシィを見付けられず、グレイとジュビアは店内をウロウロしていた。
それに気付かないルーシィは、再度訊ねる。
「ナツは、こっちの方が良いのね?」
「…いあ、どっちでもいいぞ!オレ、ちょっと行ってくる!」
「えっ、どこ行くのよ!?」
ルーシィから離れて走り出した。彼女は、首を傾げる。
そして、もう一度二枚のスカートを見比べてから、ゆっくりと口角を上げた。
「…いいわ、こっちにする!」
長い丈のスカートを元の位置に戻す。ようやく決まったもう一枚を左腕に持ち、他の服に視線を移した。
そこで、大きなポスターに目が留まる。
近寄ってよく見てみると、今年のセール祭が書かれてある掲示板だった。ルーシィは部屋のカレンダーに印を付けた日を思い出す。
――そうだ、クリスマス!…何着て行こう。
数ヶ月後に訪れる、大イベント。学校祭の時に話していたパーティも、ナツとの約束も楽しみにしている。
ルーシィは、嬉しそうに微笑みながらスカートを撫でた。