ルーシィは爪先で小石を蹴った。跳ねたそれは、こんこん、と二回バウンドしてまた彼女の前方に留まる。
数歩でそこに追いつくと、彼女は今度は自分の右側へ狙いを向けた。しかし方向を調節したせいか勢いがなく、ころりと転がっただけだった。

「へたくそ」

ナツが笑う。もしかしたら、彼は自分が石をぶつけられそうになったことには気付いていないのかもしれない。
ルーシィの左に居るグレイは、彼女が石を蹴っていたことすら意識の外だったらしく、ん?と首を傾げた。

「なんだ?」
「石をナツの方に蹴ろうとしたんだけど、嫌がったの」
「ついに無機物にも嫌われ始めたか」
「おい!?」

夕日はとっくのとうに落ちていた。街路樹の根元から虫の声が聴こえている。
今日が試合前、最後の練習だった。
暇だろ、とまた付き合わされて、テンションの高いナツに振り回された。
ルーシィは運動の習慣があるわけではない。連日のそれでへとへとになるも、彼女は嬉しく感じていた。いや、嬉しく思っている自分を、見付けてしまった。

(あたし、ずっと前から、ナツのこと好きだったのかも)

土足でずかずか踏み込むようなナツを、迷惑に思っていたはずだった。しかし、今となっては自信がない。本当にそうだったのだろうか。

口だけ拒絶して、振り払えていなかったあれは――形だけだったのではないか。
ずっとずっと、こんな風に、心地良さを感じていたのではないのか。

ナツ側にある右手の甲が温かい。心なしか紋章さえ、色を濃くしているような気がした。そこに、ひゅるりと風が当たる。

「もう夏も終わりに近くなったわね」
「まだ暑ぃよ」
「別に石に嫌われても良いっつの。オレだって石なんか嫌いだし」
「まだ言ってんの…」

ぶつぶつと不貞腐れたように呟くナツを肩で軽く押して、ルーシィは後ろを振り返った。
ハッピーはリリーと猫会だと言って寮とは反対方向へ行き、レビィは打ち合わせがあると体育館に残った。ルーシィにだけこっそりと、ガジルにプレゼントをするつもりだと教えてくれたが。
親友はしっかり前に進んでいるらしい。しかし、彼女自身の口からガジルのことが好きだと聞いたわけではないので、ルーシィは自分も恋をしたとはまだ言えずにいた。グレイのことを推す態度から、あまり賛成されないかもしれないという不安もある。さっきも彼女は『暗いから送ってあげてね』と不自然にグレイに頼んでいた。

(まあそのおかげで、こうなってるような気もするから良いんだけど)

このメンツでグレイだけ、などということはない。一緒に帰る、というだけだが、さっきからそわそわして仕方が無かった。少しでも長く、そばに居たい。
何が出来るわけでもないが――そして、何をしたら良いのかもわからないが、頑張らなきゃ、とルーシィは髪を撫でた。朝のセットは無駄に終わったが、手入れ自体は無意味ではないはずだ。と、思いたい。
ナツはこき、と首を鳴らした。

「あーあ、今日で終わりかー。結構楽しかったのになあ」
「明後日、試合があるだろうが」
「応援行くわね」
「おう!優勝祝い、何食べる?」
「練習試合に優勝とか無えよ」

ナチュラルに敗北を考えていない二人に、ルーシィはくすりと笑った。しかし彼らが負けるとは彼女も思っていない。
身体能力も運動神経も、本当に感心する。バスケット歴が長いらしいガジルはもちろん、ジェットとドロイもテクニックがある。ナツがルールも専門用語も覚えられなさそうな点を除けば、全国にだって行けそうだ。
ナツはルーシィの失礼な思考に気付きもせず、両腕を腰に当ててふんぞり返った。

「オレ、バスケ本気でやろっかな」
「はあ?」
「えー?」
「ん?なんだよ、グレイはともかく、ルーシィまで」

「昨日の、嘘だったのかよ」とナツは頬を膨らませた。

「だってめっちゃ上手いだろ、勿体なくねえ?目ぇ瞑っててもシュート打てるぞ?」
「お前それ、前にサッカーの助っ人やったときも言ってなかったか」

「うぜえ」と、グレイが半眼でナツを刺す。何か言い返すだろうと思って、二人に挟まれたルーシィは首を引いた。
しかしナツはグレイの視線をじっと見つめ返した。急に無言になった彼に、グレイの眉間に皺が寄る。

「んだよ?気持ち悪ぃな」
「なあ…気になるから一応訊いとくけどよ」
「あ?」
「前言ってた、嫁さんにする約束っての」
「おっ、お前、まだ蒸し返すのかよ!」

ぎょっとしたように、グレイが後退る。ナツはそれを許さないとでも言うかのように畳みかけた。

「どういう奴なんだ?相手」
「てめえに関係ねえだろ!」
「あたしも聞きたい!」

もしかしたら、この恋を進展させるヒントがあるかもしれない。
目が輝いた自覚があった。グレイが口元を引き攣らせたことで、それを確信する。
彼はルーシィから目を逸らして、空中に視線をさまよわせた。そして、もう一度、彼女をちらりと見て――大きく溜め息を吐いた。

「……本人忘れてるし、もう良いだろ、その話」
「へ?」
「……え?え、え?あたし?」

グレイは何も言わず、じっとルーシィを見つめてくる。それが答えだった。






グレイ可哀想。


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