約束はセピア色





きらりと光る細いハサミを振って、キャンサー――巨蟹宮の星霊が満足げに頷いた。

「完璧エビ」
「ありがと!」

ルーシィは鏡を覗き込んでにこりと笑った。
キャンサーはハサミを使うことが得意で、彼女は専らヘアメイクを担当してもらっている。大抵はイベント等、気合を入れておしゃれするときに召喚するため、彼は不思議そうな顔で首を傾げた。

「今日、何かあるエビ?」
「うっ、ううんっ。たまには、って思っただけ!」

流すタイプと流さないタイプ、二種類のトリートメントを念入りに行った髪は、自分自身惚れ惚れするほど手触りが良い。髪型自体は普段と変わりないはずだが、キャンサーにセットしてもらうとまるで別物に見えた。計算され尽くした毛先の流れには、溜め息さえ出てしまいそうになる。

「じゃあ、頑張るエビ」
「なっ、何を!?」
「今日一日を、エビ。何を焦って、」
「あっ、そっ、そうよね!うん!頑張る!じゃあ!」
「……エビ」

ぽん、と軽い音を立てて、キャンサーは星霊界へ帰っていった。それを見送ってから、ルーシィはもう一度鏡を見つめた。
頬が少し赤い。キャンサーに気付かれただろうか。

「……えへ」

恥ずかしいのに、なんだか嬉しい。口が勝手に笑って、収拾が付かない。
何かが変わったわけではない。ただ、気付いただけ。それでも。

恋とは、こんなにも心が躍るものなのか。

ルーシィは鏡を動かしてみた。上。右。左。そこにナツが居ることを想像して、笑顔を向ける。右斜め前からの視線を重点的に意識して、ついでに制服のリボンを念入りに直した。

「ん、よし」

今度は立ち上がって、スカートの丈と皺をチェックする。新しく下ろした靴下の長さを慎重に調整してから、ルーシィはゆっくりと椅子に腰掛けた。もう一度立って、座る。

「こう……うーん、こう?」

可愛らしく優雅でかつ皺にならない座り方を研究していると、コンコン、とドアがノックされた。

「ルーちゃん、行くよー」
「えっ、もうそんな時間!?」

教科書の準備を昨夜済ませておいて良かった。
鞄の肩掛けベルトを手に、大きく深呼吸。ルーシィはこれから戦場に赴くような気分で、ドアノブに手をかけた。




「お、おはよう、ナツ、ハッピー」
「おっす」
「おは、ルーシィ」
「……」
「ねみー」

ナツは彼女の努力に全く気付かず、欠伸をした。
しばらくの葛藤の末、ルーシィは自分から言ってみることにした。惨めだが、何もしなかったと諦めることは出来そうにない。
手を伸ばして、だらりと椅子に座るナツのマフラーを引っ張る。

「ね、あたし、今日ちょっと違うと思わない?」
「んあ?」

目を擦りながら、ナツが振り返った。彼の肩越しから覗き込むように、ハッピーが視線を送ってくる。
緊張に身体が固まった。髪、爪、肌、制服――出来る限りのことはした。細かいところなどわからなくても仕方が無い。しかし、ほんの少しだけでも良い、変化に気付いて欲しい。
彼らは瞬きもせずに、ルーシィをじっと見つめた。

「「……」」
「……なんか言ってよ」
「ハッピー、緊急会議だ」
「あい」
「え?」

機敏な動きで、ナツはルーシィに背を向けた。ハッピーと小声でこそこそと会話する。

「朝っぱらから超難易度の高い間違い探しだぞ、これ」
「あい……全くわかんないです」
「……聞こえてんですけど」
「まっ、まだ降参じゃねえからな!」

ナツはルーシィを止めるかのようにばっ、と手のひらを向けた。こめかみを押さえて、唸る。

「昨日のルーシィも今日のルーシィもルーシィだよな……どこが違うんだ」
「普通こういうのって、髪の長さとか髪型だよね?でも変わんないし」
「だよなあ……あ、席!…はルーシィの席だな、間違いなく」
「もしかしたら見えないところが変わってるのかも」
「見えないとこ?」

ナツはくるりと振り向いた。三秒ほどの沈黙の後、ぴ、と人差し指を立てる。

「わかった、性別が違う」
「そんなもん変えられるか!」
「ん?なんかちょっと匂いが違う」
「嗅ぐな!」

すんすん、と鼻を近付けてこようとするナツの額をべちん、と叩いて、ルーシィは椅子に座り直した。

「も、もう良いわよ」
「え?正解はなんだったんだよ?」
「……秘密」
「えー」
「気になるだろ!勝ち逃げはずりぃぞ!」
「むしろ負けてんのよ、あたしは!」

気付いてもらえなかっただけではない。
『昨日のルーシィも今日のルーシィもルーシィ』――意味はよくわからないが、ナツが自分を肯定してくれたようで嬉しい、などと。

(完敗にもほどがあるじゃない)

ナツは納得いかない、という顔で腕を組んだ。

「突き止めてやる」
「どうするのー?」
「ヒントはぜってぇ、この匂いだ」
「…なんか……嫌なんだけど」

しばらく無言でふんふんと鼻を鳴らしていたナツが、吸い込み過ぎたか大きく咳き込んだ。






試合に勝って勝負に負ける。


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