黒い瞳と、ちょうど瞬きのタイミングが合った。

「あたし……?」

呆然と繰り返すと、グレイの首が縦に振られた。ひゅ、と短い吸気の音が鼓膜を揺らす。

(なんの話だっけ……?)

混乱が脳を支配した。心臓の動きが、やけに大きく感じる。

結婚の約束――。

(約束?)

頭の中を、何かの記憶が過ぎる。

『大きくなったら――』

「そ、そんな覚え……」

声が震えていた。ない、と言い切れないような、しかしある、とは納得できないような。
グレイは渋い顔で首の後ろを掻いた。

「お前、ホントに全部忘れてんだな。オレらの親、仲良かっただろ」
「え、う、うん」
「で、オレらをいつか結婚させようって言ってて」
「あ」

思い出した。

母親が優しい笑顔で言った、『グレイ君のお嫁さんになれたら良いね』――。

目の前に居るグレイが、幼い彼と重なった。あの日の公園――季節もちょうど、今くらい。
ブランコの前。向き合う二人。ウェディングドレスのような、真っ白なワンピース。ぽんぽん、と頭を撫でてくれる、優しい手。

放心して、ルーシィは呟いた。

「あたし、グレイの――」
「思い出したか」

安堵と苦笑が綯い交ぜになったような、そんな表情をグレイは浮かべた。
かああ、と頬が熱くなる。そうだ。確かに、自分は言った。グレイに、言ったのだ。

『お嫁さんじゃなくって、お姉さんになりたい』、と。

『はあ?ルーシィの方が誕生日遅いし、妹だろ』
『妹?』
『妹だったら良いぞ』
『うん、あたし、大きくなったらグレイの妹になる!』
『じゃあ、絶対、だからな』
『うん!約束ね!』

「妹……」

ルーシィは額を手で覆った。笑いたいのか泣きたいのか、わからない。
バカらしくも子供らしい思考で、とんでもない約束をしたものだ。そうだ、あの後二人で、何かの芝居の真似をして兄弟盃なるものを酌み交わしたのではなかったか。公園の水飲み場で、オモチャのコップを使って。
芋づる式に思い出した記憶にのた打ち回りたくなる。グレイも似たようなものなのだろう、しきりに手で首周りをさすっていた。

「全部話す前にナツと喧嘩になっちまってな。ハッピーは勘違いして……て、おい」

グレイがルーシィの後ろに視線を向けた。疲れたように、肩が落ちる。

「何してんだよ」

振り向いた先の街路樹には、手が生えていた。悲鳴が出る前に、陰からすぅ、とジュビアが現れる。

「び、びっくりしたぁ…怖いからそんなとこ隠れないでよ!」

色が白いせいで生気が無く見えた。彼女はルーシィにはちらりとも目を向けず、グレイだけを見つめて震えている。

「ジュビアは、ジュビアは…!」

どうやら話を前半部分しか理解していないらしい。
グレイになんとかしろ、と視線を送ると、彼はこめかみを手のひらで抑えた。

「ああもう、面倒くせえな。だから親同士がそう思ってたってだけの話だっての!」
「…ジュビア、グレイ様のこと、想ってても良いんですね…!」
「そっ、そんなのっ…勝手にしろよ」
「勝手にしますー!」

それまでが嘘のように、ジュビアの空気が華やいだ。しかしほっとしたのだろう、目が潤んでいる。
彼女とは同じ寮ではない。ルーシィは鞄を持ち直した。

「勝手にやってて」
「おいこら、ルーシィ!?」
「あれ、ナツ?どこ行ったの?」

姿が見えない。いつ帰ったのだろう。

「ったく、何か言ってから帰りなさいよね」

せっかく二人きりになれるチャンスだったが、居ないものは仕方がない。ルーシィはさっきまで彼が居たはずの空間を睨み付けて唸った。

「グレイ様、今日のボール捌きも最高でした!」
「お前ホントにいつから見てたんだよ!?」
「ばいばーい、先帰るねー」
「お、おい…!送ってくって」
「大丈夫ー、ここまで来ればすぐそこだし」

今日は部屋に来るだろうか。
夜の訪問は気まぐれで突然。予測はしにくいが――来ない可能性の方が高い。バスケの練習があった日は部屋が静かなことが多かった。
おやすみの声を固めて置いておけば良かった、と思う。録音よりも、手で触れたい。そんなことが可能ならば、だが。
ちらりと振り返ると、グレイと目が合った。

「本当に大丈夫か?」
「うん、また明日ね!」
「おう、おやすみ」
「……おやすみ」

(ナツじゃない)

グレイは何も悪くないのだが、ルーシィは少し不貞腐れた気分で背を向けた。






小さい頃の思い出なんて恥ずかしいものばかり。


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