「おはよう」

ナツは無言だった。それどころか、ちらりとも、彼女を見ようとしない。

「……」
「お、おはよう……」
「……」
「何よ、無視!?」

ぐ、とルーシィが唇を噛む。レビィは言葉を失って、ただ呆然と二人を見つめた。
確かに昨日実践授業の後、喧嘩しちゃった、とは言っていた。しかしルーシィは、もっと軽い感じで。

(私のバカ!)

空元気に気付かなかった。『ナツのことだから、一日経てば忘れてるかもよ』などと、笑って慰めた自分を殴ってやりたい。
しかし、まさかこんなに深刻な雰囲気になっていると、誰が想像できるだろう。日常から口喧嘩に近いやり取りを楽しげに行う二人が――しかもあのナツが、ルーシィを無視する、など。
ナツはそこにルーシィが居ることにさえ気付いていません、という素振りで柔軟を続けている。沈黙に耐えられなかったか、彼女はぷいっ、と怒ったように顔を背けた。

「そう……良いわよ!」

肩を怒らせて、体育館から出て行く。だすだすと上から床を踏みつけるような足音に、ガジルがぼんやりとした声を出した。

「なんだ、ありゃ?」

その声に、身体の緊張が解ける。レビィは慌てて彼女を追った。

「ルーちゃん!」
「……レビィちゃん」

廊下で足を止めた彼女は、ゆるゆると振り向いた。
何かあっても立ち直りが早くて、すぐに前を向く。
彼女はいつも元気だった。レビィの知る限り、いつも。

「ごめん、大丈夫だから」

そんな彼女が返してくる儚げな笑みに、胸が張り裂けそうになる。
言葉を探すレビィの肩を、ルーシィはぽん、と叩いた。

「あたし、悪いけど帰るね」
「あ……」

人間はなんと無力なのだろう。こんなとき、親友の心を軽くしてやることも出来ない。
立ち去る背中を見送って、レビィはぐしゃりとスコアシートを潰した。新しいシートに入れる日付は、きっと枠からはみ出すに違いない。

何も出来なかった自分と、ルーシィにあんな顔をさせた犯人が憎い。

レビィは足音を立てて、足を伸ばすナツの背後に立った。ひゅう、と自分の周りに気流が生まれた気がする。

「ナツ、ルーちゃんと何があったの」
「……別に」
「私の親友を傷付けておいて、『別に』ってなに、」
「時間くれ」

立ち上がったナツは、搾り出すようにして言った。

「こっちだって……いっぱいいっぱいなんだよ」

レビィは目を見開いた。
人がこれほど打ちのめされて見えたのは、初めてのことかもしれない。掠れた声音は痛々しいを通り越して、ただ目の前に居るだけのレビィさえも突き刺してくる。
どうやら一方的な喧嘩というわけではないらしい。触れて欲しくないのだと言わんばかりのナツに、レビィは眉を下げた。

「ごめん。早く、仲直りして欲しくて」
「レビィ」

グレイがきょろきょろとベンチ周りを探りながら、レビィを呼んだ。

「オレのドリンク、どこだ?さっき氷入れといたんだが」
「あ、うん」

ナツはその隙にコートに入っていった。ドロイが外したシュートのリバウンドを取ろうとして、頭で受ける。

「いてっ」
「おいおい、何やってんだよ」
「目測誤った」

てんてん、とボールが空しく彼から逃げていく。
グレイにドリンクを渡して、レビィは彼と顔を見合わせた。

「大丈夫かな」
「さあな。あんなの、見たことねえ」

グレイは唸るように言って、体育館の出入り口を見つめた。誰も現れないそこに、目をふっ、と細める。

「当人同士で片付けるまで、放っておいた方が良いんじゃねえか」

レビィをナツから遠ざけたのはわざとだったらしい。グレイはユニフォームを脱ぎながら、ふん、と鼻を鳴らした。

「ナツがアレでも、オレが居れば楽勝だ」
「服は着てね」
「あ!?」
「おい、何があった。あの野郎、グダグダじゃねえか」

ガジルが気持ち悪いものでも見たかのように、顔を顰める。レビィが説明するかどうか迷っている間に、グレイが肩を竦めた。

「試合が始まりゃ、少しはマシになるだろうよ」

ナツはスピードもあるし、攻撃の要になる。もしこのまま、だったら。
今日の試合は苦しくなるかもしれないと思って、レビィは重くなった息を長く吐き出した。






精神状態最悪なまま試合開始


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