無色透明な涙





他校の生徒が体育館に居る。その光景を新鮮に感じながら、レビィはぐるりと辺りを見回した。
二階のギャラリーにも、ぼちぼちと人が入っている。紺の制服の方が多いくらいだった。

「あれ、リリーとハッピー。いつの間に」

ほとんど真上のような位置から、二匹の猫が並んで見下ろしている。さっきまで一緒にベンチに座っていたのに、と思って呟くと、後ろからガジルがそれに答えた。

「起動するってアナウンスで、飛んでっただろうが」
「そうだった?」

純粋な身体能力を競うスポーツでは、選手以外の観客にも不正行為をさせないために、体育館内全体が魔法を使えない状態になる。その魔法無力化装置を起動します、と放送があったのは、5分ほど前のことだった。
ガジルの首にはサックスブルーのスポーツタオルがかかっている。それを見て、レビィは頬を染めた。

一昨日――帰り際に渡した、彼のためのタオル。

名前の刺繍の横にハートマークを入れたことに、彼が気付いていないはずはない。その意味――レビィの想いにも。

「使ってくれるんだ?」
「……もったいねえだろ」
「それだけ?」

ガジルは何も言わずボールを持ってウォーミングアップに入ったが、レビィは追及しなかった。自分も言葉にはしていない。大体、返答がないことが返事のようなものだった。
お花畑の頭を上手く切り替えられず、手に持っていたスコアシートで口元を隠す。

(この幸せがみんなに届けば良いのに!)

恋する乙女全開で、幸福オーラを放出する。誰かに聞いて欲しくてリリーを見上げると、その途中でよく見慣れた金髪に目を惹かれた。

「あ、ルーちゃん!」

彼女は二階ではなく、体育館の入り口から顔を見せた。少し迷ったようだが、手招きしてやるとほっとした表情でこちらへ向かってくる。

「おはよ、レビィちゃん。結構観客多いね」
「おはよう。私なんだか緊張してきちゃった」
「けっ、お前が緊張してどうすんだよ」

前を通り過ぎざま、ガジルが冷めた口調で吐き捨てる。スリーポイントラインで難なくシュートを決めると、跳ねたボールをジェットに任せて戻ってきた。

「調子どう?」
「ふん、まあまあだな」

彼がベンチに腰かけると、ルーシィがすい、と離れた。コートの端でボールを回すグレイに、走り寄る。

「おはよう!」
「おはようさん」

(気を遣わせちゃったかな)

ルーシィの表情はどこか硬く、仕草も落ち着かない。そんな彼女の頭を、グレイが何か会話しながら優しく撫でた。
彼女は疑似兄妹の話を嬉しそうにしていた。恋に発展しなかったのは残念だったが、確かにこうして見ると二人は身内に近い空気を纏っている。
その姿を目で追っていると、視界が急に夜になった。

「わ!?」

被せられたのはタオルだった。ほんのりと温かい。
引っ張り下ろすと、犯人は真っ直ぐコートに視線を向けたままぶっきらぼうに言い放った。

「今日の試合、大差で勝ってやる」
「…大きく出たね」
「うるせえ」

ガジルはちらりとこちらを睨むと、ギヒッと口角を上げた。顎で、レビィの持ったタオルを示す。

「それの礼、してねえからな」
「え、良いよ、そんな」
「今日の勝利を、お前にやる」

小さい頃から持っている宝石箱の蓋は、開けるときにぎぃ、と軋む。その音とガジルの声が、同じに思えた。

「そ、それって、え……?」

彼なりの返事だということだろうか。
正直、ガジルから何かあるとは思っていなかった。もちろん嬉しいのだが、驚きが勝ってしまって満足に反応できない。
落ちた沈黙に、彼は牙を剥いた。

「今日だけだからな!」

(赤くなった……!)

彼の言いたいことを理解するには十分すぎる。しかしその思いがけない反応に、欲が出た。

もう少しだけ。もうちょっとだけ。
言葉が、欲しい。

「タオルの、お礼なんだよね?タオルの返事だって、思って良いんだよね?」
「……」

ガジルはひくりと頬を引き攣らせた。無視されたかと思うほどの長い間を取って、ぼそりとごちる。

「勝手にそう思っとけば良いだろ」

(もう……負けても良い)

ぎゅ、とタオルを握り締める。
表情に出たのか、ガジルが嫌そうな顔をした。

「あー……」

誤魔化すための咳払いを一つ。
ついでにタオルを首にかけて、レビィはにこりと笑って見せた。

「頑張ってね」
「ん」

当然と言わんばかりの、短い返事。横柄な態度が彼らしくて、ほっとする。
ルーシィに目をやると、彼女は壁際で柔軟するナツに、声をかけたところだった。






幸せな二人と……


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