人の居るところでは言いにくいことかと思って、授業中、メールも送ってみたが返事はなかった。見ている気配はあったから、ただ返信してくれていないだけ、だ。
ルーシィはスマートフォンの画面を両手で包みながら溜め息を零した。
レビィが撮ってくれた、スナップ写真。小さく写るナツを指で突いて、俯く。
今も彼のロック画面には、自分が居るのだろうか。それとも。
「っ!?」
ぼんやりしすぎた。近付いてきたことさえ、気付かなかった。
視界の端を後ろから通り過ぎる気配に、慌てて顔を上げる。
――ナツ。
ルーシィの横を通った彼が、こちらを向いている。今日初めて合った視線に新鮮さを感じるよりも、衝撃が襲った。
(え?)
ずたぼろに切り裂かれた挙句に踏みつけられたような、酷く、傷付いた顔。
一瞬だった。すぐに目を逸らした彼は、ぎこちないほど無表情で背を向ける。
縫い止められたように動きにくい口を、恐る恐る開く――前に、レビィがにこやかにルーシィの視界を割った。
「ルーちゃん、お待たせ」
「あ……え?」
「ん?次、実践授業だよ。行こう、着替えなきゃ」
「あ、そう、だったね」
慌てて立ち上がったルーシィに、レビィが首を傾げた。
「どうかしたの、ルーちゃん?」
「え?ううん、なんでもない」
そう、なんでもない。
きちんと会話する機会さえあれば。
ルーシィは自分にうん、と頷いた。
ピピーッ、とホイッスルが響いた。
「5分休憩ー!」
魔力消費は身体や精神に負担がかかる。実践授業では小刻みに休憩が強制されていた。
授業中、ずっとその姿を追っていたせいで授業に身が入らない。ルーシィは今だ、とハッピーをレビィに押し付けて、壁際に座ったナツに近付いた。
「ナツ」
「……何だよ?」
ナツは顔を上げないが、空気で拒絶されているのがわかった。
出来るだけいつも通りに。
(そしたら、ナツだっていつも通りになるかもしれないし!)
怯みそうになる身体を、彼の近くに寄せて腰を下ろす。
マフラーに隠れて見えないが、息遣いは聞こえてきた。
(あれ……近過ぎた?)
ナツとの距離がわからない。いつもこんなものだった、とは思うのだが。
(ま、まあ、何も言われないし……ってか、何か言わなきゃ!)
沈黙が心に痛い。
口を開ける。閉じる。開ける。また閉じる。
問いかけたところで何か話してくれるのか、と不安が過ぎったルーシィに、ナツがぽつりと呟いた。
「こんなとこ居て良いのかよ」
「え……きゅ、休憩中でしょ?」
「あっち、グレイ居るぞ」
「グレイ?別に、話すことないわよ」
「ふうん…」
どうでも良いことしか話せない。焦れたルーシィの視界に、ナツの指が映った。
空間を埋めるかのように、もたもたと左右の親指を回している。
「あたし、もっと速く回せるわよ」
「は…?」
「ほら!」
長い爪が時折邪魔をするが、ナツよりは断然速い。そして、慣れるに従い、段々と速度が増していく。
乗ってきたルーシィに、ナツが困ったような顔をした。
「え…いあ」
「あたしの勝ちね!」
「んだと!?」
勝ち負けがかかった途端、ナツの目の色が変わった。「舐めんな!」と肘を張る。
「本気出せばこんなもん!」
(なんだ、元気じゃない)
手の甲に血管を浮かび上がらせて、懸命に指を回す。しかし数秒もしないうちに、彼はだらん、と腕を床に投げた。
「疲れた。今日の残りの授業代わりに出てくれ、ルーシィ」
「出れるか!」
その答えを予想していたのだろう、ナツは猫のように笑って――
ぴたり、と凍りついた。
「……何やってんだ、オレ」
「ナツ?」
授業再開の合図が鳴る。立ち上がった彼に手を伸ばすと、瞬時に振り払われた。
「な……」
痛みが直接心に走る。
ルーシィは震える声で抗議した。
「何よ、さっきまで、」
笑ってたじゃない、と――言い切ることが出来なかった。
「うっせぇな、オレはこれ以上…っ」
ナツはぎり、と唇を噛んだ。
「もう話しかけんな!」
「な……何よ、それ!?」
「うっさい!うざい!」
「っ……」
言葉を失ったルーシィの前で、ナツが拳を握った。俯いたまま、ぼそりと口を開く。
「クリスマス」
「え……?」
「あの約束も、無かったことにする」
生徒達が作ったざわめきと騒音に、ピッ、と短い笛の音が重なる。
「おい、そこ。休憩終わりだぞ」
ナツは素直に教師に従った。ルーシィを避けるようにして、背を向ける。
一瞬だけ見せた泣きそうな顔が、ルーシィの動きを封じていた。