「どこ行くんだろ……」

二人で居ると目立つから、とレビィはルーシィを断って、一人でガジルを尾行していた。真っ直ぐ帰宅するかと思われたが、彼は意外にも玄関には向かおうとしていない。
長い黒髪が、彼の動きに合わせて揺れ動く。曲がった角に慎重に追いついて、レビィはそっと覗き込んだ。

姿がない。

「あれ?」
「おい、何してんだ、てめえ」
「わっ!?」

真後ろから突然声がしたかと思うと、ぐん、と身体が上に浮いた。一瞬後、自分がぶら下げられていることに気付く。
親猫が咥えた子猫のように、足が宙を掻いた。

「は、放して!」

言った途端に、手が離れた。着地の勢いでよろめきながら、レビィは慌てて振り返る。
ガジルが、腕を組んで立っていた。

「何の用だ」

やはり目は鋭く、怯みそうになる。しかしレビィはこうなったら仕方ない、と拳を強く握った。

「あ、あの……昨日は、ありがとう」
「誰だ、お前」
「……」

昨日の今日で忘れたと言うのか。こっちはずっと、考えていたというのに。
レビィはむっとして、身長差のある彼を睨みあげた。

「レビィ」
「あ?」
「レビィ・マクガーデン!」

ガジルは薄く口を開いたが、何も言わずに閉じた。代わりに、下の方から声が返ってくる。

「ガジル・レッドフォックス。オレはパンサー・リリーだ」
「おい、リリー」
「名乗っている相手に失礼だろう」

スポーツバッグから、ひょこりと丸い耳が出ていた。レビィを見上げる左目の上には、古い傷跡がある。
声も聞き覚えがある――昨日の、猫だ。

「また会ったな」
「あ、うん。昨日、誘導してくれてありがとう」
「何、気にすることはない。ガジルが連れて来いと言ったまでの、」

がす、とリリーごとスポーツバッグが落下した。黒猫が、ぽん、と外に放り出されてバウンドする。

「みぎゅ!?おい、ガジル!」
「ああ、悪い。手が滑った」

ガジルはバッグの肩紐を拾い上げて、何事も無かったかのように背を向けた。

「あ、待っ……」
「おい!ガジル!」

怒声にも似た呼びかけは、レビィの後ろから聞こえた。ガジルが「あ?」と振り返る。
ばばっ、と二つの人影が、彼女を庇うように前に躍り出た。

「レビィに何すんだ!」
「え、ちょっと、ジェット、ドロイ?」

その背中は、見慣れた幼馴染二人のものだった。
何すんだ、も何も、満足に会話さえしていない。過保護なんだから、と呆れるとともに、レビィは邪魔が入ったことに焦れた。

「別に、何もされてないってば!……あ」

ガジルはうるさそうに顔を顰めて、その場を立ち去ってしまった。後ろを、リリーが跳ねるような足取りで付いて行く。
ぎりぎりと彼の背中を睨みつける二人との接点がわからなくて、レビィは首を傾げた。

「二人とも、知り合いだったんだ?」
「部、一緒だからな」
「え」

バスケットボール部だったとは。
灯台元暗し――レビィは両手を顔の前で合わせた。

「練習、見に行って良い?」
「もちろん!……と言いたいところだけど」
「今日は休みなんだ」
「そう……」
「そうだ、レビィ!カラオケ行かねえか?」
「あ、ううん。ごめん。今日は真っ直ぐ帰る」
「そっか。じゃあ送る」
「大丈夫!」

レビィは手を振って二人を見送ってから、ガジルが去った方向に目をやった。
向こうは、体育館に通じている。

「休みって、言ったけど」

ナツやグレイのように、他の部の練習に参加しているのかもしれない。
さきほど尾行がバレた経験から、レビィは足音を殺して体育館に向かった。ゆっくり時間をかけて歩いていく。
開いたままの入り口に、黒猫がぴっしりと行儀良く座っているのが見えた。

「リリー」
「まだ帰らないのか?」
「うん、ちょっとね」

固まったように動かないリリーを不思議に思って、レビィは疑問をぶつけてみた。

「中、入らないの?」
「人が多いからな。黒猫が居たら不吉だろう」
「またそんなこと言ってるの?」

レビィはくすりと笑った。

「不吉なんかじゃないよ。黒猫ってね、昔は恋煩いに効くって言われてたんだ」
「そう……なのか?」
「どう効くのかはわかんないけど、いわゆる、キューピッドって奴かもね」
「……」
「あ、今それは嫌だな、って思ったでしょ」
「顔に出ていたか」

ハッピーと同じく、リリーも表情が豊かで面白い。
レビィは穏やかな気持ちで、体育館の中を覗いた。

「……」

バドミントンやらバレーボールやら、複数の部が場所を分けて練習している。その端、壁際に、ガジルの姿があった。
運動着を纏った彼は、バスケットボールを手にしている。どうやらドリブルランニングしているようだ。

「今日、バスケ部練習ないんじゃ」
「自主練だ」
「……真面目なんだね」
「高みを目指そうという気持ちが強いんだ、ガジルは」

我が事のように、リリーが誇らしげに言う。
レビィはそれをぼんやりと聞きながら、必死にガジルを目で追っていた。
速い。淀みないリズム。真っ直ぐ前に向けられた真剣な目。正直、そう、正直なところ――カッコ良い。

(応援、したい、な)

胸の中に芽生えた熱が、ぽっ、と頬に伝わってくる。
レビィはリリーを見下ろした。

「バスケ部って、マネージャー、募集してないの?」
「聞いたことはないが…今は居ないな」

レビィなら大歓迎だ!と沸いた幼馴染達の声が聞こえた気がして、レビィはにっこりと微笑んだ。






恋愛するならガジルよりリリーだと思わなくもない。


前へ 次へ
目次

桜色へ carpioへ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -