委員会が終わったのは辺りが暗くなり始めた頃だった。
重い本を運び疲れた腕と肩を、レビィは手のひら全体を使ってゆっくりと揉み解した。いつもは同じ寮の先輩と一緒に帰るのだが、今日は休み。一人寂しく、しかし達成感を持って、帰路に着いていた。
鞄には、本が一冊入っている。秘密にするという約束で、廃棄予定の中から貰ってきたのだ。
段々と重みを増していく空に、一番星が輝いている。レビィはそれに、ルーシィの金髪のような色を見た。

(どうだったかなあ、ルーちゃん)

メールで訊いても良いが、やはり直接会って話を聞きたい。文章では本音が隠れてしまう。
夕食時が楽しみだ。焦る彼女が目に浮かんで、口元が笑みを作る。

(ま、どうせ何も無かっただろうけど)

ナツ達の合流、ジュビアの監視――それはそれで、何が起きたか面白そうではある。
角を曲がってしばらくすると、キキッ、と高いブレーキ音が響いた。ガードレールの切れ間に、シルバーのワゴン車が止まる。

嫌な予感がした。

止まりかけた足を無理やり動かして、レビィはそちらを見ないように努めた。好の代わりに嫌を二つ三つ付けたような青年が三人、車から降りてくる。その胸元で、太い鎖がじゃらりと揺れた。

「ねえ」
「何か」

硬い声が出た。警戒心を露わにした彼女に、男達はにやにやと口元を歪ませる。

「あ、怖がってる。可愛いねー」
「君、魔導士だよね?その制服」
「ドライブどう?俺ら、これから海見に行くんだけど」

貼り付いたような、いやらしい笑み。退路を断つように囲まれて、レビィは身を竦ませた。
こんな輩、冷静に対処すれば追い払うことは難しくないだろう。しかし、相手は自分を魔導士と認識した上で接触してきた。何か策があるのか、もしかしたら魔導士なのかもしれない。迂闊に行動できない。
何より、レビィの中の、女の子の部分が、この状況に恐怖を抱いていた。
がし、と掴まれた二の腕に悲鳴を上げなかったのは、その余裕が無かったからに他ならない。

「っ…!」
「大丈夫だって」
「そうそ、ドライブドライブ」

耳元にかけられた生暖かい息に、ぞわりと怖気立つ。咄嗟に、空中に指が走った。
書いたのは『shine』――光。

「うあっ!?」

走り書きの上に満足に魔力を込められなかった。本来よりも遥かに光量の足りないそれが、男達の目を焼く。
その一瞬の隙を突いて、レビィは駆け出した。

「くそっ、待て!」

(追いかけてくる!?)

「来い!」
「えっ!?」

鋭い声はすぐ近く――間違いなく足元から聞こえた。走りながら目を凝らすと、アスファルトに同化した黒い何かが並走しているのが見える。
きらりと、二つの目が光った。

「止まれ!そしてしゃがめ!」

従うのは勇気の要ることのはずだが、身体は勝手に動いてくれた。頭を抱えるようにして、その場にしゃがみ込む。

ひゅん、と風を切る音がした。

何が起きたのかは、正確にはわからなかった。ただ、男達がばたばたと倒れていく、その衝撃だけが足の裏に伝わってくる。
恐る恐る顔を上げると、レビィを庇うようにして誰かが立っているのが見えた。
街灯の逆光になってよく見えない。が。
身体つきからして、男。そして、黒の長髪。

(この人――)

校内で、見かけたことがある。怖いと有名な。

「てめえら、ウチの学校のモンになんか用なのかよ」
「ひっ…」

怒りを押し殺したような低い唸りに、男達が喉から悲鳴とも言えない短い音を捻り出す。背を見せて逃げ出す彼らが、再びその場に倒れ伏した。
その追い討ちははっきり見えた――棒状に。

「手が伸びた……?」
「鉄だ」

足音もなく、彼の足元に影が歩み出る。その声は、さきほどレビィを誘導してくれたものだった。

「え……猫?」

街灯に浮かび上がったそれは、黒い猫だった。喋る、猫。

(ハッピーと同じ)

黒猫は頷くと、何かに気付いたようにびくりと跳ねた。

「こ、これはしまった」
「え?」
「前を通ってしまった。済まない」
「……迷信だと、思う」

不吉な言い伝えを、その要因となる存在から心配されるとは思わなかった。レビィは何と言っていいやら複雑な気分で、付け加える。

「それに、全身黒い猫、じゃないかな、そういうのは」

黒猫は口元が白い。
そうなのか、と目を丸くした彼――声は太かった――に、助けてくれた男子生徒が顎をしゃくった。

「おい、行くぞ」
「あ、あの!ありがとう!」

ちらり、と視線を向けただけで、彼は興味なさそうに顔を戻した。ポケットに手を突っ込んで、さっさと歩き出す。途中、わざとなのか転がっている男達を全員踏み付けていった。
黒猫は「気を付けて帰れよ」と言って彼の後を追った。それがどこか教師然としていて、思わず「はい」と返す。一人と一匹は、会話している様子もないのにどこかまとまって見えた。

「ぅ…」
「っ!」

男達の呻きに、レビィは自分がまだ蹲っていることに気が付いた。慌てて寮に向かって走り出す。

「名前……」

聞いたことがあるようなないような。ルーシィに訊けば、わかるかもしれない。

弾む息が、なんだか心地良かった。






リリレビ臭い。


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