ホームルーム後には一気に空気が騒がしくなる。
どたどたと廊下に出て行く、半袖パーカー。指定のYシャツの上にそんなものを着ているのは、このクラスではナツだけだった。彼の右肩にはハッピーが、揺れに対抗するようにしがみついている。
彼らが鞄を持っていないことに首を傾げながら、レビィはルーシィの机に歩み寄った。
彼女は鞄に中身を詰めて、にこりと笑った。
「ねえレビィちゃん、今日付き合ってよ」
「どこに?」
「ほら、昨日帰りに見たスカート!やっぱり欲しくなっちゃって」
「ああ」
寮に帰る途中寄ったショッピングモール。値下がり札の付いていたそれに、ルーシィが目を輝かせていたのを思い出す。
その場では似たような柄持ってるし、と断念したが――昨日の夕飯時にも、彼女は少し迷っている、と言っていた。時間が経って、気になってきたのだろう。
ルーシィは鞄に顎を乗せて唸った。
「あれ、長さ二種類あったよね。いつも短いのばっかりだし、長いのも良いかなあ」
「うーん、どのくらいの丈だったっけ、思い出せないな。お店行ってから……あ」
声が音を外す。レビィは眉を寄せた。
「ごめん。今日、委員会あるんだ」
図書委員――本に囲まれて過ごす、本好きには天国のような委員会。自他ともに認める本の虫、レビィは、月に一度だけ開かれるこの委員会が大好きだった。
ルーシィは目を瞬かせた。
「あ、そっか。遅くなるの?」
「多分。古い本の整理もするって言ってたから」
「そうなんだー。じゃあ明日」
「でも売れちゃうかも」
「んー」
残念そうに眉を下げたルーシィに、レビィは内心くすりと笑みを零した。チャンス。
「ね、グレイ。今日暇?」
「あ?」
立ち上がりかけたグレイが目を瞬かせる。レビィは構わず、やや強い調子で人差し指を振った。
「ルーちゃんと、一緒に行ってくれない?男の子の目線でアドバイスしてあげてよ」
「レビィちゃん……?」
さすがに思惑に気付いたか、ルーシィは困ったような顔をした。
おせっかいだと思うかもしれないが。
(恋って、自分からしようと思わなきゃ!)
親友は可愛い。しかし恋愛アンテナが致命的に低い。その上彼女は、そういうことから逃げているように見えた。これではいつまで経っても、恋愛など出来そうにない。
ルーシィはそれで良いかもしれない。しかし、レビィは彼女の青春を、友達関係だけで飾らせたくなかった。そして出来ればキラキラと輝くような恋の経験を、二人で分かち合いたい。
グレイの婚約者の件は気になるが、あの口ぶりではほとんど機能していない約束ごとに違いない。そして間違いなく、彼はルーシィの視線を気にしている――と、レビィは踏んでいた。
グレイは後頭部を掻いた。
「オレに聞かれても、よくわかんねえと思うけど」
「そこはほら、好みで」
「こ…あー、んー…、暇だし、良いけどよ」
視線を向けられたルーシィが、やや頬を染めて頷いた。
「じゃあ、お願い」
(可愛い)
抱き締めたいのを堪えて、グレイを盗み見る。しかし彼の反応は「おう」と言っただけで、あっさりしたものだった。
不発に終わった核弾頭に、内心ちっ、と舌打ちする。
(私が男の子だったら、絶対今ので落ちるのに!)
「なんで睨んでんだ?」
「えっ?あ、ううん、別に……ちょっと思い出し睨み?」
「そ、そうか……お大事に?」
平均台から落ちたようなやり取りをして、レビィは二人に手を振った。
「じゃ、また明日ね!行ってらっしゃい!」
「……行ってきます」
しきりに髪を撫で付ける仕草が、ルーシィの緊張を表している。二人が見えなくなってから、レビィは掃除の邪魔にならないよう窓に寄って、そこからそっと校門の方角を見つめた。
「なあ、グレイは?」
「え?」
振り返ると、ナツとハッピーが居た。今度は鞄を持っている。
「帰った……よ。用事だったの?」
「ん、バスケ部から助っ人頼まれたんだ」
「助っ人?何それ?」
「バスケ部だけじゃねえけど、たまに頼まれんだよ、試合出ろって。暇そうだからってよ」
「まあ暇だけどな」とナツは笑ったが、レビィはその内容に舌を巻いた。それはつまり。
「運動神経だけは良いからね、ナツ」
「だけって何だよ」
ハッピーがぷくく、と笑う。レビィはやはり、と確信して目を丸くした。
「凄いね、運動部からそんな声がかかるって」
「そんなんでもねえよ。ウチのガッコ、あんま部活熱心なとこねえし」
それは確かに頷けた。魔導士の集まるこの学校、魔法を使わないで身体を鍛えるような部活はあまり人気がない。それどころか文系の部活にも部員が少なく、帰宅部が圧倒的に多い。全寮制で放課後全てが学校の延長になっているせいもあるだろう。わざわざ部に所属せずとも、いつでも集まってやりたいことが出来るのだ。