「どーだ!」
挨拶どころかカバンを置くのもそこそこに、ナツがふん、と胸を張る。その手に掲げられているのは――。
「え、うそ!?買ったの!?」
「ルーシィが貸してくんねえから」
「あたしのせい!?」
ナツが持っていたのは、スマートフォンだった。しかも丸っきり、ルーシィと同じ機種――昨日の今日で凄い行動力だと、感心する。
「驚いたか?」
「まあね……。てか、購入を考えてたならそう言ってくれれば良かったのに」
「いあ、買ったのは思い付きだし」
「思い付き!?」
「驚いたろ?」
ナツはにんまりと猫顔で笑った。その上に、ぴょこりと本物の猫が顔を出す。
「ルーシィ驚かせてやろうって、昨日二人で探したんだー」
「在庫残りギリギリ一個だったんだぞ、もっと驚けよ」
「ま、まあ、あらゆる意味で驚いてるわ…」
それが本当なら、ドッキリのためだけに随分な浪費をしたことになる。金も時間も、労力も。
寄りかかった背もたれが、ぎしりと小さく軋む。もう少しリアクションしないと悪いかしら、と頭を過ったところで、ハッピーがくりくりとした目を輝かせた。
「これで、間違ったフリしてルーシィのスマホ弄り放題だね!」
「それが目的!?」
「昨日怪しかったからな」
「見せないってば!」
思わずポケットを上から押さえる。ナツは「まあ、それは置いといて」と両手で彼女を制した。
「ちょっと聞きてーんだけど」
「え?」
「これ、勝手に横になるの、どうにかなんねえ?寝転がってっと読みにくい」
画面の自動回転のことだろう。嫌そうに目を眇めて、ナツはスマートフォンを振った。ルーシィはその画面に指を伸ばしてやる。
「設定で変更できるわよ。……ほら」
「お。さんきゅ!」
「説明書読みなさいよ」
「えー、面倒くせえ。せっかく地引き網が居るのに」
「それを言うなら生き字引よね?しかもこういう時に使う言葉じゃないし」
「じゃあ、走る説明書」
「なんで走るの!?せめて歩かせて!」
机の上に着地したハッピーが、ナツのスマートフォンとルーシィを見比べるように仰いだ。その顎の下をなんとなく指で掻いてやりながら、彼女はふと思い付いて訊いてみた。
「ねえ、カメラ、使った?」
「カメラ?いあ、まだ。なんで?」
「あたしのだけかもしれないけど、ちょっと使いにくいって思ってたの」
ポケットから出して、魔水晶を指先で弾く。爪に当たって、かつん、と硬い音がした。
ルーシィはカメラを起動して、適当にピントを合わせた。シャッターボタンを押す。
「見て」
「んー?」
「ね、ちょっとボケるでしょ」
写ったハッピーよりも、机にピントが合っている。今は一度しか調整しなかったが、経験上、何度繰り返しても大体こうなる。風景などは撮りやすいのだが、近くの人物が酷く苦手なカメラだった。
ナツも自分のスマートフォンをハッピーに向けた。
「ハッピー、動くなよ」
「あい!」
「……あれ、やっぱちょっと後ろにピントが合うな」
「でしょ」
やはり自分のだけではなかったらしい。妙な安堵感を得て肩を撫で下ろしたとき、ナツがひょい、とカメラを向けてきた。
カシャリと軽快な音がする。
「ちょ、いきなり撮んないでよ!」
「お、ちゃんと写った。ほれ」
ナツが見せてきた画面は、確かに綺麗にピントが合っている。しかしルーシィは叫んだ。
「やっ、口開いてる!リボン曲がってる!思いっきり油断してんじゃない!」
「ははは」
彼はルーシィから即座にそれを離すと、彼女に届かないようにか両手を思い切り上に伸ばして操作した。無駄な抵抗と知りながら、ルーシィは立ち上がってそれに手を振り上げる。
「保存しないで!撮り直して!」
「ヤダ。おし、これで良し」
「ひどい!」
レビィの撮った写真はあんなに可愛く写っていたのに、とルーシィは机に突っ伏した。まるで別人のよう――彼女からはそう見えた――だ。
嘆くその後頭部に、ハッピーのキラキラした声が刺さる。
「オイラも撮りたい!」
「お、良いぞ、ほら」
カメラが憎い。楽しげなハッピーを恨みがましく睨むと、彼は小さな両手でスマートフォンを構えて、彼女ににこりと微笑んだ。
「はいルーシィ、油断してー」
「しないしね!?」
「甘いなハッピー、油断は誘うもんだぞ」
ナツの声が真後ろから聴こえた。思わずさっきまで居たはずのところを確認するが、当たり前のように誰も居ない。
「おりゃ!」
振り向くより先に、脇腹に刺激が走った。
「え、や、擽るな!ちょ、やめっ…あ、あはっ、あははっ」
「行くよー」
「おー」
「やめてぇ!」
助け舟は意外な方向からやってきた。身を捩っていたルーシィから、するりと手が離れていく。
「あーあ」
「残念」
ナツとハッピーは心底がっかりしたように言って、素直に自分の席に戻っていった。まだ鳴り止まぬ予鈴と自身の心臓に、ルーシィは重く溜め息を吐き出す。
呆れたような顔をしているグレイを見付けて、彼女は小さく詰った。
「助けてくれても良いじゃない」
「予鈴鳴ってもまだじゃれてたら注意してやろうとは思ってたよ」
「じゃれてない」
睨むと同時に、本鈴が鳴り響く。ルーシィは握り締めていたスマートフォンをポケットに突っ込んだ。
(てか、今の……撮られてたらツーショット写真になったんじゃない)
かぁああ、と体内の熱が全て顔に集まってくる。擽られた脇腹に存在を主張されて、ルーシィは両手で頬を覆った。