さよなら、俺 / 03


 早いもので十五になった俺は、今見慣れぬ店前に立っている。

 煌びやかなネオンが灯る前のどこか侘しい佇まいの繁華街の中に、比較的大きな店構えのそこも例にもれず営業前の悲哀感を漂わせている。

 二度目の俺の人生は虚無感を盛大に感じるものだった。生きていく知恵がなければ精神的に病んでいたのではないかと、本当に大きなため息が吐ける。もっとも精神的に病んでしまったのは母親の方だが。

 徐々に蝕まれていく母親を見ているのは辛かった。

 それでも何とか父親の目を盗む用にして育ててくれた母親には感謝している。父親の異常さは年々酷さを増し、俺を母親から引き離すことを画策していた。飢える事も無ければ極端に俺が非行に走らなければならない事も無く、ただ緩慢と過ぎていく日々は緩やかに進行する癌のようなものだ。俺は早々に家に自分の居場所を見つける事を諦めていたので、前世と同様に夜の街に居場所を求めた。前世の時と違ったのは全く干渉してこない親の存在だった。

 父親は俺がいなければ母親に辛く当たることもなかったように思うので、俺さえ家に居なければ母親に害はないものだと信じていた。家の金を持ち出したことは褒められたことではないかもしれないが、そこに殺伐としたものはなく、ただあるから持って行く、淡々としたものだった。

 だから俺はどうしようもないチンピラになることもなかったのだろう。せいぜいあそこの家のちょっとやんちゃな息子、程度のものだ。外から見ればそこまで異常ではなかっただろうと思うが、その異常さが極まったのは、母親の自殺だろう。

 どこで間違ったのだろう。

 俺は母親を自殺に追い込みたかったわけではない。良かれと思ってしたことが裏目に出てしまい、唐突に俺が転生した理由を考えた。どこかにいる神様とやらが、俺であるから虐待され死んでしまうかもしれなかった命が守れると判断したのだと思った。だけど結果母親が死んだ。

 父親は生きた屍のように成り果てて、俺のことは存在すら認識していない。

 自分の存在意義を見失いそうになった今、俺はつと前世の俺の母親のことを思い浮かべた。俺が死んで清々したのだろうか。それともあんなろくでなしだった俺でも悲しんでもらえたんだろうか。と。

 だからこの店を訪ねたのだが、実際店を目にすると躊躇われる。夜に居場所を見つけた俺には元の母親の経営する店を見つけることは存外に容易い事だった。が、当時は同じ夜の店でも小さく小汚かったのに、こんなにも大きく綺麗な店に変わっている。それだけで自分が母親にどう思われていたのか分かるような気がして、目の前にある扉を開けてはいけないように思う。

 しばらくの間、まるで不審者のように立ち竦んでいたが、意を決してノブに手を伸ばした。

「何かご用かしら?」

 品の良い声が後ろから聞こえて、俺はびくりと肩を震わせた。

 他人行儀なセリフだが紛うことなく母親のものだ。俺とは怒鳴りあいの会話しかしなかったが、外に出ればこんな風に声を掛けるのだと、死んで十五年も経ってから発見した。もっときちんと向き合っていれば違ったのかもしれないな、とどうしようもなく今更な事を考えながら振り返る。

 そこには随分と老いた母親がいた。

「里中、虎吟さんのお母さんですか?」

 自分の名前を自分ではない口から自分ではない声で呼ぶ。泣きそうなくらいどうしようもない焦燥感を感じた。



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