ストーカーとヤクザ / 06
僕は結局近くの交番に来ている。烈さんと、烈さんを止めていた人、梗慈さんも一緒。梗慈さんは交番の外で、どこかに電話している。多分、仙醍さんにかけてるのだと思う。心配かけちゃったなぁ…… 怒ってるかな、仙醍さん。
「君もこれでも飲んで落ち着いて」
温厚そうなちょっと年配の警察官が僕の手にそっと缶コーヒーを握らせてくれる。暖かくて、ホッとする。
「怖かっただろう? 可哀想に、首に跡がついて」
プシュッと缶コーヒーを開けながら、僅かに頷く。
「見覚えは?」
「……店の、お客さん……」
「そうか。 彼は君と付き合っていると言ってるけど、そのことはどうなのかな?」
「顔は知っていますし、店にはよく来てくれてるけど……それだけの人です」
僕は困惑していた。いつの間につき合っていることになってたんだろう。
「serenadeのお客さんです」
警察官はわかっていると言うように苦笑して頷いた。
「分かっているよ、まぁ彼はやりすぎだけどね」
豪快に笑って烈さんを見る。しかしなんのお咎めもなく、
「帰っていいよ、彼」
とサラリと言う。
「はぁ、それはどうも」
僕は何がなんやらわからないまま頭を下げた。
「ストーカー行為をしたあの男には警告しとくけど、いろいろ未遂だったからそのまま帰されることになるから、もしまた気になることがあったら相談に来て下さい、次は逮捕になると思いますので」
「はい」
なんだかあっさりした対応に不安になる。ちょうど電話の終わった梗慈さんが中に入ってきて
「もう帰っていいんですかね?」
と、警察官に聞く。
「ええ、もういいですよ」
「ほな優月さん、帰りましょうか」
と促されて席を立った。交番を出て梗慈さんは顰めっ面をして、
「これで優月さん、仙醍組関係者としてリストアップされましたよ」
と僕に諭すように言う。
「だから警察と関わらせたくなかったんですよ」
僕には意味のわからない言葉だった。
「オヤジ、今日は動かれへんのでうちのシマ内まで来て下さい」
「……すみません」
なんだか責められているような気がして恐縮してしまう僕に梗慈さんはにっこり笑って、
「そやけど、さすがオヤジが見込んだだけのことありますわ。 烈は俺の片腕ですから、感謝しています」
梗慈さんに深々頭を下げられて僕も慌てて頭を下げた。
後部座席に一人座る僕は隣に誰もいないことに少し寂しさを覚える。向かうは仙醍組のシマ。仙醍さんが牛耳る場所だというのに仙醍さんは横にはいない。変わりに助手席には梗慈さん、運転席には烈さんが座っている。
車に乗り込んでから少しの間はさっきのことを話ししていたのだけれど、烈さんはかなり無口というか運転に集中しているというか、話しが全く続かなくて必然的に梗慈さんと二人で話しをする事になったのだけどそれもだんだんと続かなくなり、今、車内は静寂に包まれている。時折梗慈さんはかかってくる電話の対応をしていたけれど、僕は結局流れる車窓の景色を見ていることしかできなかった。
交番を出てすぐ、僕の働く夜の街の喧騒と静寂の間をあっけなく通り過ぎたあと、眠りについたただ闇だけを残した街がしばらく続き、車窓から見る景色もひたすらどこまでも闇だった。家と店の往復で眠る街をほとんど知らないと言っても過言ではない僕の生活から考えると、もしかしたら凄く新鮮で貴重な物を見たかもしれない。じっとその流れていく闇を見ていると唐突に、
(これから仙醍さんに会えるんだ)
と思いなんだか漠然と嬉しくなる。
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